ツイてない日、青い目の外国人に遭う

ププーッというクラクションの音でハッとして、自分が赤信号で足を踏み出していたことに気づいた。ぼーっとしてしまっていたらしい。調子悪いかも。

プリント夕方、セルフサービスのカフェで、誘惑に負けてオーダーしたチョコレートケーキとアメリカンが並々つがれたカップをのせたトレイをテーブルに置こうとして手元がくるい、熱々のコーヒーをぶちまけてしまった。悪いことに、両隣の女性たちにも被害が及んでいた。クリーニング代を請求してくださいと平謝りで連絡先を渡してその場をしのいだものの、場所をかえてテーブルに着いてため息をつくと、チョコケーキへの欲は吹き飛んでしまった。調子悪いなあ、やっぱり。
084774ここ数ヶ月というもの調子は上々だったのに、ちょっと落ち込む出来事があったとたん、なだれ式に影響が出ているようだ。はあっと二度目のため息をつくと、向かいに座った友人が憐れむような顔で言った。

「すべては必然っていうじゃない。車の件も、今のこともつながってるんだよ。注意力が散漫になってるから気をつけなさいっていうサインなんじゃないかな」

「そうなのかしら」

私は少しだけ顔をあげて、ふうっと小さく息をついた。 

おしゃべりしてだいぶ気分も紛れ、友人と別れて最寄り駅から家へと向かっていると、ガイドブックを手にした青い目の外国人男性に流暢な日本語で声をかけられた。

「このへんに観光するようなところはありますか?」

スーツにコートを羽織った男性は、取り忘れているのかシンポジウムで使うような「弁護士」と書かれた名札を首からぶら下げていた。年齢は40前後と思われる。

「このへんは飲むようなところしかないですね」と私が答えると、「そうかあ」と言いながらその人は私をじっと見て、「ねえ、あなた独身?」と聞いてきた。

「独身ですけど」

それが何か?

217817「一度も結婚したことないの?」
「ないですけど」

記憶にある限りは。

「どうして? どうして結婚してないの?」
「さあ、どうしてですかねえ」

知るかよ、こっちが聞きたいわ。

「プロポーズしてもいい?」
「いや、だめでしょ」

飛躍し過ぎだろ。

「どうして? ずっと独りでいるつもりなの?」
「それはよく分かりませんけど」
「子どもを持とうとは思わないの?」
「いや、どうでしょう」

なんなんだ、この会話。

「僕たち、もしかしたら、明日結婚しているかもしれない」
「いや、しないでしょ」

『ダーマ&グレッグ』じゃあるまいし。

「一緒にどこか行こうよ」
「行きませんよ」
「どうして? いいじゃない、行こうよ」

ネバーランドならいいけど、そんなの無理な話。

とくにふざけている様子でもなく、初対面でそりゃないだろうというストレートな言葉を真顔で次々と投げてくる相手を見て、ハードワークのせいで頭のネジがゆるんでいるだろうかと思いながら、半ば感心し半ば呆れて、「ノリがかるいなあ」とつぶやいた。相手は「そういうあなたは、かたいなあ」と言った。

らちが明かないので、じゃあサイナラと半ば強引に相手を振り切ったあと、お腹がすいていることに気づいて、最近できたばかりの近所のやきとん屋に飛び込んだ。着いたテーブルの正面のテレビではWBSCプレミア12の対メキシコ戦をやっていた。注文しようと選んだメニューは串の盛り合わせ以外ことごとく売り切れていた。仕方なく、追加で冷奴をたのみ、ハイボールで一息つく。

なんだったんだ、さっきのは。それにしても、「かるい」に対して「かたい」と返す日本語力は大したものだと思った。確かに、軟派の対義語は硬派だもの。

ハイボールを飲んでいるうちに、ほんの少しだけアルコールが利いてくる。そして、じわりじわりとボディーブローのように投げかけられた言葉がきいてきた。

「ずっと独りでいるつもりなの?」
「子どもを持とうとは思わないの?」

その問いかけが、ぼんやりと頭の中でリフレインする。実のところ、私にはそれに対する明確な答えがない。答えを持たないといけないのだろうか。ひょっとしてあれは、青い目の外国人に姿を変えた何かなのか? そんなわけないか。友人に言わせればこれも必然ということになるのだろうか。 いや、たまたまでしょうよ。すべてのことに意味があるとは限らないもの。

そうして思いをめぐらせていると、道ばたで遭遇した奇妙な外国人というキーワードで、だいぶ前の夏の日のことを思い出した。うだるような暑い日で、ヒーヒー言いながら坂道をのぼっていると、向こうから頭にターバンを巻いたインド人らしきスーツ姿の男性がやってきた。すれ違うとき、その人が「暑いですねえ」と流暢な日本語で話しかけてきたので、「ほんとうに暑いですねえ」と返すと、その人は「もう、日本の夏は暑くて暑くて、インド人もビックリです」と言って去って行ったのだった。多分私は、インド人から実際に「インド人もビックリ」と言われた数多くはないであろう日本人のひとりであると思うが、今思い返しても、あれに必然性があったとは思われない。

一方で、ここ数日調子が悪いし、もしかして奇妙なことに出くわす引きがあるのかもしれない、と思った。知り合いに、よくもまあというほどアンラッキーな出来事を磁石のように引きつける人がいる。そういうものや出来事を引きつけるエネルギ—を発しているんじゃないかと思う。「私、へんな人にロックオンされる確率が高いんだよね」という友人もいる。彼女はネガティブな雰囲気は一切まとってないのだが、本人曰く、ちょっとおかしな人とか、風変わりな人が寄ってくるのだそうだ。その話をしているとき、私たちは都電を待っていた。「へえ〜、そんなことあるんだ。私はそういうのないなあ」と言いながら到着した電車に乗り込むやいなや、見るからに「ちょっとおかしな人」に友人が鼻クソをつけられそうになっていたので仰天した。目に見えない「引き」というのが人にはあるようだ。

160812これ以上、へんな引きを持ちたくない。落ち込んでいる場合じゃないぞ。気持ちをポジティブに切り替えようとプルプルと頭を振り、冷奴をつついていると、店内にうわ〜っという落胆の声が充満した。日本が逆転されてしまったのだった。「あ〜、これで逆転負けだ」と誰かが言った。「いや9回の表だから。まだ裏の攻撃がある」と別の誰かが訂正し、ほっとしたような空気が漂った。とはいえ最終回だ。分が悪いんじゃないだろうか。逆転するのは難しいんじゃないだろうか。そんなことを思いつつ、いつの間にか画面に釘付けになっていると、一死一二塁で中田がタイムリーヒットを放って劇的な逆転勝利をおさめたのだった。おお〜っという歓声がわき起こり、店内はにわかに活気づいた。おお〜っと言いながら私も気分がよくなってハイボールを飲んだ。

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