ダブリンのジャパニーズボーイ

ミュージアム
ダブリンの国立装飾美術・歴史博物館を訪れた。広場を囲むように無機質な印象の建物がどっしりと構える。もとは兵舎として建てられたものだ。広場に兵士の格好をした若者たちがいて、その周りを人々が取り囲んでいた。イベントの一環らしい。アイルランドの人々にとって今年は1916年のイースター蜂起から100周年というビッグイヤーだ。街のいたるところにイースター蜂起関連のグッズやイベントの広告を見かける。

博物館の中にアジアの美術コレクションがあり、片隅に、日本の恐らく雛人形と思われる男女の木像と、仏像、そして裃を着た江戸時代の少年らしき像が置かれていた。日本から遠く離れてダブリンにたどり着き、展示されていることがなんだか不思議に思えて、モノにも運命というものがあるならば、この像たちはみなそういう運命を背負っているのかしらなどと妙にセンチメンタルな気分になった。雛人形はお互いパートナーがいるし、仏像はそもそも仏さんである。悟りを開いているわけだし、どこでどんな運命に遭おうともその微笑にゆらぎはないだろう。けれども、ふくふくとして、そのたたずまいが愛らしい少年は私の目にはちょっぴり悲しそうに見えた。

そうして、それぞれの像の説明書きを読んで、少年の悲しげな理由はこれかと思った。少年の像はShotoku Taishiと明記されていた。そんなバカな。日本人なら誰でも、裃を着てマゲを結っているこの人形が聖徳太子でないことは分かるはずである。しかし、ここまで堂々と言い切られると、もしかして……という気になってくる。生得大志くんとかいう同姓同名とか? ……そんなわけないか。 
コレクターに譲った人が「ディス イズ ショートクタイシ」ともっともらしく言ったのだろうか。

昔、骨董品を扱う露店で公家らしき人形が売られていた。妙に気になって、それは誰の人形なのかと尋ねると、露天商はためらいもなく答えた。

「ああ、それ? それはね、菅原道真の友だち」

誰だよ。結局その人形を買うことはなかったが、もしかして、そんな妙ちきりんなやりとりがあったのかもしれないと想像ばかりがふくらむ。 

呆れて笑えてくるが、少年には同情してしまう。異国の地において、実際とは全く異なる人物と認定されていることに、ガラスケースの中に置かれた少年がじっと我慢の子で耐えているかのように見えてくる。
「めっそうもない。人違いでございます」
という少年の声が聞こえてくるようである。くぅ、切ない……。

そしてまた仏像も阿弥陀如来立像と説明されているが違う。これは釈迦如来立像のはずだ。確かにこの二つの仏さんの立像は似ているので間違いやすいかもしれない。違いはそれぞれの仏像が結ぶ印にある。阿弥陀さんならば親指と人差し指で円を作っている。これを来迎印と呼ぶ。オッケー!とか、もうかってる? と言っているようにも見えなくはない。私の大好きな京都南禅寺の見返り阿弥陀さんもこの印を結んでいる。一方でお釈迦さんは、怖がらなくていいですよと右手を挙げ(施無畏印)、聞きましょう、願いを叶えてあげましょうと衆生を救おうと左手を下方に差し出している(与願印)。京都清涼寺の釈迦如来立像などにこの印を見ることができる。それを知った上で展示されている仏像の写真を見てみると分かると思うが、これはお釈迦さんである。

お釈迦サン阿弥陀さんの方が知名度が高いのだろうか。以前、上野の博物館で仏像を見ていたら、外国人カップルの男の方が鼻高々に「アミダはブッダの未来の姿なんだぜ!」と女に教えていて、「違うがな!」と心の中でツッこんだことがある。それはウルトラマンがパワーアップするとウルトラセブンになると言ってしまうようなものだ。指摘はしなかったが、女のほうがフーンという感じでさほど興味を示さなかったのが幸いである。 

似ているとはいえ、国立博物館なんだからちゃんと調べてよと思う。でもなあと、またある記憶が蘇る。ダブリンに住んでいたとき、銀行から送られた明細を見ていたら電気料金がひと月に2回引き落とされていた。窓口に出向いて確認したところ、「ごめんごめん、口座番号が似てたから間違って別の人の分を引き落としちゃったよ」と、テヘペロってな調子で謝られて呆れたことがある。それを思えば、この国で阿弥陀さんとお釈迦さんが間違えられても驚きはないか。 

少年の像については、特徴的な髪型をしているのでまげの種類を調べてみたり、家紋を調べてみたりした。家紋については陰北条鱗というものではないか思うのだがどうだろう。それ以上のことは分からない。名もなき少年の像なのかもしれない。 

まあ、お釈迦さんについては、何と言っても仏さんであるから、阿弥陀さんと間違えられたところでホホホホってなもので心は平穏極まりないに違いない。けれども、やっぱり少年のことは不憫に思えてならない。それに、はるばる日本からやってきたお釈迦さんや少年が、当てずっぽうの説明書きをつけられて世界中から訪れる人々の目に触れるというのも日本人として忍びない。

そこで博物館にメールを出すことにした。スルーされる可能性が高そうだが、私がスルーして何もしないよりはましかもしれないと思ったのだ。

後日、博物館からはお礼とともに担当の学芸員に伝えますという形式的な返信が届いた。真摯な対応をしてくれることを心から願う。

ダブリンを次に訪れた際には、少年に会いに行こうと思う。そのとき彼はどんな表情を見せてくれるだろうか。またひとつ楽しみなことが増えた。

 

追伸:この像について何か思い当たることがあれば、ぜひご一報くださいませ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

コメントフィード

トラックバックURL: http://wild-oat.net/japaneseboy/trackback/