映画

冷めたフレンチフライ

158571 「セックス・アンド・ザ・シティ」のDVDを見ながらバスタイム、というのがここ数年来の私の日課になっている。「セックス・アンド・ザ・シティ」が好きな女はモテないらしい。それは認める。でも、念のために言っておくと、私は恋愛のバイブルとしてこのドラマを見ているわけではない。主人公たちの男の入れ替わりの激しさは尋常じゃないし、それをリアルライフに当てはめようとする人がいたら、どうかしてるぜ、と思う。ただ、長さもバスタイムにちょうどいいし、ドラマとしてよくできているから好きなのだ。

 何度見てもいいなと思うワンシーンがある。カフェでキャリーとミランダが語らうシーンだ。 

 主人公のキャリーは恋人のビッグと別れ、失恋の泥沼にはまっている。ミランダはいつまでもクヨクヨするなとキャリーを励ます。自分は元恋人のエリックと別れてもすぐに立ち直って行動を開始したと言うのが彼女の主張だ。しかし、街でエリックを見かけたミランダはショックを受ける。一方キャリーも元恋人のビッグに遭遇し、傷心のあまり公衆電話からミランダに電話して、15分後にいつもの場所でと約束を取り付ける。キャリーがカフェにつくと、ミランダが待っている。ぎこちなく、キャリーはミランダに告げる。

「ビッグに会って、ボロボロになっちゃった。
 あなたが早く立ち直れって思ってるのは分かってるんだけど…」

 そんなキャリーに、ミランダは優しい眼差しを向ける。

「バカなのは私のほうだった。
 今日、エリックを見かけたの。
 私、隠れちゃった、2年も経ってるのに。
 どんなに立ち直るのが大変かってこと忘れてた。
 必要なだけ時間をかけていいからね」

 忘れていた、とミランダは言った。そう、人は忘れてしまうのだ。そして、ミランダの眼差しが優しくありながらも少し切なそうにも見えるのは、私の思い込みだろうか。闘って立ち直ったつもりだったけど、思ったほど強くはなかったという自分の弱さを見てしまった彼女の切なさもそこにあるような気がするのだ。でも、そうして痛みを思い出したからこそ、彼女はキャリーの気持ちに寄り添うことができたのだろうけれど。 

 人を励ますとき、「いつまでクヨクヨしているの、私なんてね…」というのは常套句だ。時に、実際の経験を話すことが相手の役に立つこともある。でも、ボロボロになっている相手にとっては、その励ましは空を切ることが多い。それは励ましている方の意識が向いているのが、目の前の相手ではなく、自分自身だからだ。つらかったことから頑張って立ち直った自分。それは励ましのように見せた自分への賛美だから、相手の心には届きにくい。誤解しないでほしい。私はそれを批判しているわけではない。その人たちだってその時には苦しんで、もがいて闘ったのだろうから。ただ、忘れてしまったのだろう、と思う。時折、自分もそれをやっていることに気づくことがある。

 失恋ではなかったけれど、ボロボロになって壊れかけたことがある。必死で立て直そうとしたけれど気持ちは空回りするばかりだった。「また同じこと言ってるよ」「いつまでクヨクヨしてるの」という叱咤激励の言葉に応えられない自分にふがいなさを感じ、ない自信をさらになくして心を硬くしていた私に声をかけてくれた人がいた。ご主人を亡くしたその人は、沈み込むことしかできない私に言ってくれた。

「今はつらいと思うけど、時間が癒してくれるから」

 気持ちが一瞬、すっと軽くなったのを覚えている。何年も経った今、その人の言葉は本当だったと実感するけれど、私の心を軽くしたのは言葉そのものではない。それは、その人の切なく、そして優しい眼差しだ。その人は忘れていなかった。だから、彼女は私の心が漂う場所に寄り添ってくれたのだと思う。

fa802menu039 キャリーは、ミランダの前に置かれた皿からフレンチフライをつまむ。

「これ、冷めてるね」
「だから?」

 クールにミランダが答えるシーンがたまらなく好きだ。待ち合わせはキャリーの電話から15分後だったはずだ。それなのに既に冷めているフレンチフライ。元恋人を見かけてショックを受けたミランダは、キャリーが電話するよりも前にこの場所に来ていたのだ。そして、フレンチフライが冷める間に、彼女は忘れていたことを思い出し、切なくも優しい眼差しを取り戻したのだ。

 このシーンを見るたび、自分が大切なことを忘れていないか考える。

 冷めたフレンチフライをつつきながら2人が談笑する場面とともにナレーションが流れ、エピソードが終わる。

失恋から立ち直るために一番大切なルールは、誰に傷つけられようと、どれだけ立ち直るのに時間がかかろうと、支えてくれる友だちを持つこと。

 これは失恋に限らない。話を聞いて泣いてくれた人もいた。将来の不安を抱えている私に「お腹すいたらさ、ご飯ぐらいごちそうしてあげるから」と言ってくれた人もいた。何も言わずに話を聞いてくれた友だちもいた。「うまいもの、食べに行こうぜ」と誘ってくれた人もいた。ありがたかった。普段口にはしないけど、忘れてはいない。感謝している。