思い出

サンタクロースは本当にいるの?

Santa Waving Through a Circleサンタクロースを信じている子どもは意外と多い。もう高校生になった甥が小学校4年生ぐらいの時、サンタクロースに会ったことがあると言ったら「すげえ」とリスペクトされた。いや、うそをついたわけではない。本当のことなんだもの。

4歳の頃だったと思う。ある冬の朝、泊まっていた祖母の家で目を覚ましたら、祖母が「サンタさんが来たよ」と言って、キティちゃんのぬいぐるみを渡してくれた。サンタ? 聞けば、クリスマスにプレゼントをくれるおじさんらしい。世の中には、なんてステキなおじさんがいるんだろう、と幼心に思ったのを覚えている。

christmas treeそれから毎年、サンタクロースはやってきた。

ただ、たまに家族で出かけた大きな街のデパートの書店で見つけた本が欲しいのに、なぜか届くのは、違うタイトルの本だったりすることがよくあった。でも子どもながらも、向こうにも都合があるんだろうと、特に不満に思うこともなかったから、小学校3年生のクリスマスに枕元に置かれていた本がリクエストしたものとは違うことにも、さほど疑問は抱かなかった。それより、手紙の返事をもらえたことが衝撃だった。当時憧れていたヨーロッパの空気をまとったサンタクロースからの手紙に心が躍った。しかし、私の期待はみごと裏切られた。読んですぐに、ああ、この手紙の主はお父さんだ、と思った。筆ペンで達筆な続け字で縦書きされた“和”な文面は、私が描いていたサンタクロースの西洋のイメージとはまったく結びつかなかったし、筆跡からして父が書いたものに違いなかった。小学校3年生とはいえ、そのくらいの洞察力は養われていたんだと思う。

こっぱみじんに夢打ち砕かれ2年ほど経ったある日、「サンタクロースは本当にいるみたい。フィンランドって国にいて、手紙を書いたら返事をくれるって、テレビでやってたよ」と母が教えてくれた。衝撃的だった。テレビに映ったと聞くだけで信憑性があったし、フィンランドというなじみのない遠い国にいるらしいから、実際に彼が私のもとを訪れたことがないことに納得もいった。何より、サンタクロースが実在するということが私にとっては重要だった。

彼に手紙を出そうと思い立った私は、学校からの帰り道に友達を連れて郵便局へ行き、「フィンランドまでの切手はいくらですか?」と窓口で聞いてみた。ところが、答えが返ってくる前に、友達が大きな声で「サンタクロースに手紙を出すんだよね!」と言ってしまったのだ。それを聞いて、そこにいたおとなたちが一斉に笑った。あまりの恥ずかしさに、切手の金額も聞かないまま郵便局を飛び出した。そして、結局、サンタクロースに手紙を出すことはなかった。

summer #finland #instalike #photooftheday #instagood #gorgeous...それから10年以上経った23歳の夏、留学先のダブリンで出会ったフィンランド人の友人に誘われてフィンランドへ旅行した。彼女の当時のボーイフレンドがロヴァニエミの出身だったことから、その街にあるサンタクロース村を訪れる機会に恵まれた。そこにサンタクロースがいた。大きくて、すごいヒゲをたくわえていて、椅子に座っている彼の膝にのせてもらったら、もうおとなだったけれど、泣きそうになった。いつの間にか子どもの頃の夢がかなったのだった。こんなふうに夢って思いがけずかなうことがあるんだなあと思った。「これは秘密なんだけど、サンタクロースは実は2人いるんだよ」という友人のボーイフレンドの暴露に、頭では“シフト”という大人の事情を理解する一方で、気持ちは子どもの頃に戻ったように高揚してふわふわしていたように思う。だからなのか、何を話したかあんまり覚えていない。ただ、サンタクロースは本当にいろんなことを知っているんだなあと感心したことと、「酒は好きか」と聞かれたことだけが記憶に残っている。

「サンタクロースなんて、本当はいないんだよ」と言う子どもですら、「サンタクロースはいるよ。すごく物知りなんだよ」と教えてやると、ちょっと安心したような、うれしそうな顔をする。多分それは、私の言葉に説得力があるからだと思う。だって、本当のことなんだもの。

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ダブリンの風

アイルランドのダブリンから小包が届いた。 中には、私が忘れてきたジャンパーと、チョコレート、香水、キャンドル、そして「遅くなってごめんね、お詫びにプレゼントもいれておくね」と書かれたカードが入れられていた。

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今年のゴールデンウィークに、以前、留学をしていたダブリンを訪ねた。たった1年だったけれど、今でも私にとって特別な街だ。いつ戻っても、昔とあまり変わっていない。(前回書いたみたいに、スターバックスは増えたけど)そして、相変わらず退屈する。けれど、その感じが懐かしかったりもするのだ。

ダブリンには私にとっての家族というべきファミリーがいる。留学する1年半前に、彼らの家に5週間ホームステイをさせてもらった。その縁で、留学中には、たびたび家にお邪魔して、ろくに手伝いもせずにグチをきいてもらい、夕食をごちそうになったものだった。

あれから15年が経つ。まめに連絡を取りあっていたわけでもない。でも折にふれて行き来をして、私たちは今もつながっている。5月に訪ねたときも温かく迎えてくれた。特別に何をするでもなく、一緒にテレビを見て、ご飯を食べて、時々飲んで、おしゃべりをする。でも、そうやって彼らと時間を過ごせることがとてもうれしい。家族がいる限り、私は何度でもダブリンを訪ねるだろうと思う。

6ヶ月もダブリンに滞在したブルーのジャケットが、ダブリンの風を運んできた。今晩、ギネスを飲みにいってしまうかもしれないな。

人面犬現る

人面犬世間を席巻するスターバックス。 上野公園にスタバが出来ているのを見てびっくりした。 そして、その込み具合にも驚いた。

数年ぶりに訪れたダブリンの街で、何が変わっていたかって、スターバックスが軒並み出来ていたこと。 ストリートをはさんで、スタバの向かいにスタバ、みたいな。 恐るべし、スターバックス。

まあ、そんなこと言いながら、自分もよく利用するんだけれども。 この間、とあるスタバでこんな絵を発見した。 こ、これは・・・人面犬では?

よみがえる記憶。 あれは、私が中学生の頃。 放課後、すごい勢いで教室のドアを空けた同級生が放った言葉を今も鮮明に覚えている。

「たいへん!人面犬が東北へ向かってる!」

人面犬? キョトンとしている私にあきれたクラスメートが説明してくれたところによると、その名のとおり人面犬は顔が人間、体が犬の生物で、東北に向かっているのは、サラリーマン風のオスとワンレン OL風のメスの2頭だという。

七三分けの眼鏡をかけたおっさんの顔をした犬と化粧の濃いワンレンのOLの顔をした犬。想像するだけでぞっとした。

時は1980年代後半、バブルの頃。 ピアスの穴をあけたら耳から白い糸が出て来て、それをひっぱると失明するという噂がまことしやかに流れていた頃でもある。

今みたいにインターネットなんてなかったから、当時の雑誌ポップティーンやらなんやらでリサーチした結果、人面犬の生態について私がつかんだ情報は以下のとおりである。

その1 時速140キロで走る。

その2 6メートルジャンプする。

その3 光合成するため、緑がかっている。

その4 人面犬にかまれると、人面犬になる。

人面犬は最強に思えた。彼らはエサがなくても太陽があれば生きながらえることすらできる。出会ってしまったら逃れる術はないであろう。自分の顔をした犬を想像するだけでおぞましい。人面犬として生きる人生なんて。いや、そうなったら、人生とすら呼べないのかもしれない。

しばらくの間、夜道を振り返り振り返り歩く日々が続いた。

人面犬2その後、人面魚が全国的に大ブームになりメディアも大騒ぎだったけれども、福島の片田舎で人面犬の脅威に恐れおののいていた中学生がいたことは、もちろん知られていない。

スタバで見かけた人面犬の肖像画。 20余年を経て、もしや人面犬はひそかに世間を席巻しているのかもしれない。なあんてね、と思いながらコーヒーをすするある日の夜。

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