マイ ライフ

ある日、変態について考える

あるとき、あるひとがお茶をすすりながら言った。

「そうは言っても、君も実は変態でしょう? うん、変態だと思うよ」

 分かるんだよ、なぜなら僕も変態だからね、とそのひとは自信ありげに続けた。それから数週間後、知人たちと歓談中に、なかのひとりから至極カジュアルな感じで、「そうは言っても、そういう自分、変態やんか」と指摘を受けた。そのひとも、分かるさあ、俺も変態やからな、と続けた。私はごく短期間に、繰り返し変態認定を受け、そのたびにエヘへと笑ってやり過ごしたけれども、複雑な心境におちいった。自分を変態と思ったことなんてないもの。そもそも、変態ってなんだよ。

 変態というと、一般的に広辞苑によるところの、「正常ではない性行動をすること。また、そのような傾向をもつ人」を第一に想起させるが、彼らの意味するところは、そっちではなく、「普通の状態と違うこと。また、そのさま」のようである。 

 まあ、そう考えれば、少しばかり合点がいく。

  069843あるとき、母と食事をしていたときのこと。なんの話をしたのかはまったく覚えていないが、母が驚きのあまり目を見開いて、フォークとナイフをカチャッと音をたてて皿に置いた。その音と光景は今でも鮮明に記憶に残っている。母は言った。

「あんた、自分のこと普通だと思ってるの? 言っておくけど、普通じゃないよ?」

 びっくりしたけれど、母の言い方は、いわば、あなたは白鳥じゃなくてあひるなのよ、みたいな、それをちゃんと心しておかなきゃだめよ、という愛にあふれていたので、まあ親から見たらそんなものかと思って、えへへと笑って聞き流した。

 時折そんなふうに、普通じゃないんだから、それを認めなさいね、という人生におけるアドバイスをいただくことがある。たいていその人たちの言い方も優しさにあふれているので、そのたび、えへへ、また言われちゃったとその場をやりすごす。 

 確かに、私を変態だと指摘したひとたちの言い方もポジティブだし、私のことを買ってくれているらしいというのは分かった。でも、私がノーマルですけど何かみたいな体でいることがもどかしいようだ。だから、彼らは言う。ユー、認めちゃいなよ、変態だってことをさ。

 連続で言われたせいもあって、いよいよ、自分は変態なのだろうか、という気になった。

 そこで、周りの人たちに「私、変態らしいんですけど…」と持ちかけると、大きく二派に分かれた。「でしょうね」とか「今頃気づいたの」と静かにうなずく肯定派と、「そんなこと言ったら、誰だって変態よ」とか「私も私も!」という主張派である。後者の場合は、どうも変態を「個性的」というニュアンスでとらえているようだ。私の意味するところは異なるが、いずれにせよ、変態は感覚的に選定されるようで、これだから変態という確固たる条件みたいなものはないようである。

 じゃあ、私の何が変態なのかと考えるあまり、頭が変態のことでいっぱいになったので、TSUTAYAに駆け込み、変態について何かヒントがあるかもしれないとの期待から『変態仮面』を借りた。その名のとおり、正義の味方の変態の話である。正義の味方だけれども、変態ゆえに賞賛されないという哀しきヒーローでもある。主人公の男子高校生は女の子のパンティをかぶると変態仮面になるのだけれど、本人は自分は変態ではないと否定し、葛藤する。それなのに、敵のニセ変態仮面のほうがはるかに変態度数が高いことにショックを受けるという矛盾。私がこの映画から何を学んだかといえば、そんな矛盾を誰しも抱えている、ということである。もはや私だって、「ほら、君なんて大したことないよ。あいつのほうが君なんかよりずっと変態だ」と言われたら、ちょっと悔しい気持ちになるだろう。

 ふと、高校生の時に太宰治の『トカトントン』の読書感想文で書いた一文を思い出す。「今はまだ、自分が凡人であるとは思いたくありません」と高校一年生の私は書いた。でも、別に凡人がイヤだったからだといって、変態になりたかったわけではない。賞賛されるひとになりたかったのだ。“万人ウケ”というのに憧れていた。けれども、それを告白するたび、どのひとも笑って「それは無理な相談だな。君はそういうタイプじゃない」と私に告げた。

 まわりのおとなが口癖のように「普通がいちばん。平凡がいちばん幸せなのよ」と言っていた。そういうのはイヤだと思いながらも、気づいたら「長いものには巻かれろ」をモットーに生きていた。やっぱり、平凡が幸せなんだろうなあ、結構、適応力あるよな、私と思っている自分がいた。しかし、しめしめと思いながら生きていると、いきなり冷や水を浴びせられるものだ。あるとき、食事した帰り道の電車のなかで、人生の先輩が別れ際に言った。「あなた、自分を出していったほうがいいわよ。ニコニコしているただのいい人にしか見えないから。中身は全然違うじゃない」

 私はそのときも、えへへと笑ってやり過ごしたけれど、その言葉には、私の何かがうまくいっていない残念感があふれていたから、ぐさりと胸に刺さった。一市民としてそこそこいい人であろうと心がけて生きている自負はあるが、ただのいい人、と言われると虚しさが漂うのはなぜだろう。いつの間にか、私は、ただのいい人の仮面を被っていたということか? まさか、 いい人の仮面を被った変態? 問題は複雑さを増す。

  んもぅ、そもそも変態ってなんだよ? どうして私を変態だっていうんだよぅ。暇にまかせてそんなことについて考え続けたら、いよいよめんどうくさくなってきて、私は部屋の床に寝転んで、そのいっさいがっさいの疑問を放置してやった。

 そんなわけで、それらはまだ、うちのカーペットの上に転がったままである。

中年を笑うな

いつものように仕事を終えた帰り道、副都心線の池袋の改札を出たとき、アラサーで絶賛婚活中の同僚がまゆをひそめて「みっともない」とつぶやいた。彼女の視線を追うと、改札のすぐそばの柱の前で人目をはばからず盛り上がっている中年カップルがいた。化粧っけもなくフリースを来たラフな恰好でオシャレとはお世辞にもいえない女のほうは涙を浮かべている。これまたあか抜けているとは言い難い男のほうはそれを恍惚とした表情で見つめている。あら〜、シンデレラエクスプレス的なシチュエーションかしらんとのんきに彼らを眺めたあとで、そのフレーズを同僚は知らないかもしれないと思った。

247426「人前でいちゃつくなんて。いい歳をしてみっともない」
同僚は軽くご立腹である。
「大目に見てやってよぅ」
私は見ず知らずの中年カップルの肩を持つ。
「優しいなあ」
呆れたように同僚が言う。

 彼女ぐらいの歳のころは、私だって「げげっ、みっともない」と思っていたけれど、今や憂うつな中年となった私は、彼らを笑う気持ちにはなれない。いや、笑えない。 

 同僚と別れたあと、真っ直ぐ家に帰らず、近所のやきとん屋に立ち寄った。文字通り、何かあっても這って帰れる距離にあるこの店を私は気に入っている。ハイボール片手に本好きなちびっこに教えてもらった最近話題のWonderという本を読んでいたら、子どもの世界で孤軍奮闘し、成長していく主人公たちに心打たれて涙した。別に誰にも見られてはいなかったと思うが、涙をふき鼻水をすすると、いい歳をしてみっともない、という同僚の言葉がふと頭をよぎり、客観的に考えて、いい歳をして私ってかなりイケてないなと思った。

 翌日が休みで気が大きくなったのか、なんだか飲み足りない気分になってはしごした。これまた近所の小さなバーに入ると、カウンターにはさほど私と歳が変わらないだろうなという男女が楽しそうに酒を飲んでいた。女性の隣に座り、ウィスキーのソーダ割りを一杯あけてお代わりを頼もうかと思ったとき、バーテンが「このウィスキー、ちょっと珍しくてオススメなんですよ」と言ってPOWERSとラベルに書かれた一本のボトルを棚から取り出した。じゃあ、それをソーダ割りでとお願いすると、ロックで飲むのがよいと勧められた。なにせ次にアイルランドに行く時にはアイリッシュウィスキーを飲もうというだけの思いつきでウィスキーを飲み始めたばかりで、ロックで飲んだことはない。でも、それならと言われるがままロックを試してみたら、これがとてもうまかった。そして、そのことにちょっぴり感動した。子どもの頃に大人が飲むウィスキーをなめて、おえ〜っと舌を出しながら、なぜこんな薬みたいな苦くてまずい液体をおとなは飲むのだろうと不思議に思ったことを思い出したからだ。ロックで飲めるなんて私もオトナじゃんとほくそえんだところで、ふと、あの頃の父ぐらいの年齢に自分はなっているのだなあと漠然と思った。でもそれをどんな気持ちで受けとめていいか分からないから、ただ漠然と受け流した。

 バーテンが振ってくれる話につきあいながらウィスキーを飲んでいると、隣の男女がいっそうの盛り上がりを見せてきた。ところどころもれ聞こえる会話の端々から察するに、彼らは今日この場で出会って意気投合したらしかった。男はまだ少しの余裕を見せていたけれど、女はだいぶ酔いがまわっていて、しばらくすると揺れだした。時折、揺れが大きくなって私の肩に軽くぶつかってくる。でもそのことに気づいていないのかおかまいなしなのか、私に背を向けるようにして座っている女はとなりの男に夢中である。しばらくするとウェーブがおきて、揺れた女の背中が私の左肩にぶつかる。バーテンが申し訳なさそうな顔をして、声を出さずにすみませんと言って片手を上げる。私も声を出さずに、だいじょうぶ、とうなずく。中年に優しくあれ、と言うのが今の私のモットーである。特に今夜は。

 それにしても女はなかなかのはしゃぎっぷりだ。男も平静を装いながらも鼻の下を伸ばしていて気分は上々なのが見え見えである。彼らの今夜の行く先は誰の目にも明らかだ。だったら、うだうだしてないでとっとと行くところに行ってしまえばいいのにと思うが、彼らはもったいぶったように席を立たない。そして女は揺れる。「大丈夫ですか」と声をかけたバーテンに、彼女が隣の男の腕をつかみ、さらに揺れながら言った。
「この人ぉ、いい人なんだよ。43歳のあたしなんかに、優しくしてくれるの」
たぶん、それは彼女の本音だ。そして、それゆえに彼女はこんなに揺れるほどに酒にのまれてしまったんだろう。でも、それを私は笑う気持ちにはなれない。いや、笑えない。
 
 やがて、もつれるようにしてふたりは店から出て行った。「あの女性、あんなに酔うの珍しいんですけどね」とバーテンが言い、ウェーブが去った店内には静けさがもたらされた。あの人、翌朝酔いがさめて後悔しなきゃいいけど、と余計な心配をしたところで、数日前に久しぶりに一緒に飲んだ1つ上のセンパイが放った言葉が頭の中でリフレインした。
「あたしね、反省はしても後悔はしないの」
 ワインを飲みながらセンパイはきっぱりと言った。印象的なフレーズだった。心の中で、センパイの言ったフレーズをエールとともにあの女性に贈った。フリーランスでバリバリと仕事をこなすセンパイは凛としていて揺らぎがない。会うたびその潔さをうらやましいと思う。でももしかして、私の知らないところでセンパイも揺れたりするのだろうか。 

 whisky_glass POWERSのロックを何杯か空けた頃、時計の針が2時を回った。会計をすませて、さあ帰るかと、ひとり寒さに身をすくめる覚悟をして店を出ると、冬だというのに気味が悪いくらいに暖かくて拍子抜けした。暖かいだけで、なんだか何もかもが大丈夫なような気持ちになった。不謹慎かもしれないが、「サンキュー、温暖化」と思った。

 明け方、服をきたまま部屋のカーペットの上に転がっている状態で目が覚めた。家にたどり着いたところまでは覚えているのだが、部屋に入るなり眠りこけてしまったみたいだ。さすがに酔いがまわっていたのだろう。体がだるく重い。くぅ、調子に乗って飲み過ぎた。実家の母にバレたら、まったくいい歳をした女がみっともないと大目玉をくらいそうだ。

 でも。反省はしても後悔はしない。
 ウィスキーがうまかったから、それでいい。

ツイてない日、青い目の外国人に遭う

ププーッというクラクションの音でハッとして、自分が赤信号で足を踏み出していたことに気づいた。ぼーっとしてしまっていたらしい。調子悪いかも。

プリント夕方、セルフサービスのカフェで、誘惑に負けてオーダーしたチョコレートケーキとアメリカンが並々つがれたカップをのせたトレイをテーブルに置こうとして手元がくるい、熱々のコーヒーをぶちまけてしまった。悪いことに、両隣の女性たちにも被害が及んでいた。クリーニング代を請求してくださいと平謝りで連絡先を渡してその場をしのいだものの、場所をかえてテーブルに着いてため息をつくと、チョコケーキへの欲は吹き飛んでしまった。調子悪いなあ、やっぱり。
084774ここ数ヶ月というもの調子は上々だったのに、ちょっと落ち込む出来事があったとたん、なだれ式に影響が出ているようだ。はあっと二度目のため息をつくと、向かいに座った友人が憐れむような顔で言った。

「すべては必然っていうじゃない。車の件も、今のこともつながってるんだよ。注意力が散漫になってるから気をつけなさいっていうサインなんじゃないかな」

「そうなのかしら」

私は少しだけ顔をあげて、ふうっと小さく息をついた。 

おしゃべりしてだいぶ気分も紛れ、友人と別れて最寄り駅から家へと向かっていると、ガイドブックを手にした青い目の外国人男性に流暢な日本語で声をかけられた。

「このへんに観光するようなところはありますか?」

スーツにコートを羽織った男性は、取り忘れているのかシンポジウムで使うような「弁護士」と書かれた名札を首からぶら下げていた。年齢は40前後と思われる。

「このへんは飲むようなところしかないですね」と私が答えると、「そうかあ」と言いながらその人は私をじっと見て、「ねえ、あなた独身?」と聞いてきた。

「独身ですけど」

それが何か?

217817「一度も結婚したことないの?」
「ないですけど」

記憶にある限りは。

「どうして? どうして結婚してないの?」
「さあ、どうしてですかねえ」

知るかよ、こっちが聞きたいわ。

「プロポーズしてもいい?」
「いや、だめでしょ」

飛躍し過ぎだろ。

「どうして? ずっと独りでいるつもりなの?」
「それはよく分かりませんけど」
「子どもを持とうとは思わないの?」
「いや、どうでしょう」

なんなんだ、この会話。

「僕たち、もしかしたら、明日結婚しているかもしれない」
「いや、しないでしょ」

『ダーマ&グレッグ』じゃあるまいし。

「一緒にどこか行こうよ」
「行きませんよ」
「どうして? いいじゃない、行こうよ」

ネバーランドならいいけど、そんなの無理な話。

とくにふざけている様子でもなく、初対面でそりゃないだろうというストレートな言葉を真顔で次々と投げてくる相手を見て、ハードワークのせいで頭のネジがゆるんでいるだろうかと思いながら、半ば感心し半ば呆れて、「ノリがかるいなあ」とつぶやいた。相手は「そういうあなたは、かたいなあ」と言った。

らちが明かないので、じゃあサイナラと半ば強引に相手を振り切ったあと、お腹がすいていることに気づいて、最近できたばかりの近所のやきとん屋に飛び込んだ。着いたテーブルの正面のテレビではWBSCプレミア12の対メキシコ戦をやっていた。注文しようと選んだメニューは串の盛り合わせ以外ことごとく売り切れていた。仕方なく、追加で冷奴をたのみ、ハイボールで一息つく。

なんだったんだ、さっきのは。それにしても、「かるい」に対して「かたい」と返す日本語力は大したものだと思った。確かに、軟派の対義語は硬派だもの。

ハイボールを飲んでいるうちに、ほんの少しだけアルコールが利いてくる。そして、じわりじわりとボディーブローのように投げかけられた言葉がきいてきた。

「ずっと独りでいるつもりなの?」
「子どもを持とうとは思わないの?」

その問いかけが、ぼんやりと頭の中でリフレインする。実のところ、私にはそれに対する明確な答えがない。答えを持たないといけないのだろうか。ひょっとしてあれは、青い目の外国人に姿を変えた何かなのか? そんなわけないか。友人に言わせればこれも必然ということになるのだろうか。 いや、たまたまでしょうよ。すべてのことに意味があるとは限らないもの。

そうして思いをめぐらせていると、道ばたで遭遇した奇妙な外国人というキーワードで、だいぶ前の夏の日のことを思い出した。うだるような暑い日で、ヒーヒー言いながら坂道をのぼっていると、向こうから頭にターバンを巻いたインド人らしきスーツ姿の男性がやってきた。すれ違うとき、その人が「暑いですねえ」と流暢な日本語で話しかけてきたので、「ほんとうに暑いですねえ」と返すと、その人は「もう、日本の夏は暑くて暑くて、インド人もビックリです」と言って去って行ったのだった。多分私は、インド人から実際に「インド人もビックリ」と言われた数多くはないであろう日本人のひとりであると思うが、今思い返しても、あれに必然性があったとは思われない。

一方で、ここ数日調子が悪いし、もしかして奇妙なことに出くわす引きがあるのかもしれない、と思った。知り合いに、よくもまあというほどアンラッキーな出来事を磁石のように引きつける人がいる。そういうものや出来事を引きつけるエネルギ—を発しているんじゃないかと思う。「私、へんな人にロックオンされる確率が高いんだよね」という友人もいる。彼女はネガティブな雰囲気は一切まとってないのだが、本人曰く、ちょっとおかしな人とか、風変わりな人が寄ってくるのだそうだ。その話をしているとき、私たちは都電を待っていた。「へえ〜、そんなことあるんだ。私はそういうのないなあ」と言いながら到着した電車に乗り込むやいなや、見るからに「ちょっとおかしな人」に友人が鼻クソをつけられそうになっていたので仰天した。目に見えない「引き」というのが人にはあるようだ。

160812これ以上、へんな引きを持ちたくない。落ち込んでいる場合じゃないぞ。気持ちをポジティブに切り替えようとプルプルと頭を振り、冷奴をつついていると、店内にうわ〜っという落胆の声が充満した。日本が逆転されてしまったのだった。「あ〜、これで逆転負けだ」と誰かが言った。「いや9回の表だから。まだ裏の攻撃がある」と別の誰かが訂正し、ほっとしたような空気が漂った。とはいえ最終回だ。分が悪いんじゃないだろうか。逆転するのは難しいんじゃないだろうか。そんなことを思いつつ、いつの間にか画面に釘付けになっていると、一死一二塁で中田がタイムリーヒットを放って劇的な逆転勝利をおさめたのだった。おお〜っという歓声がわき起こり、店内はにわかに活気づいた。おお〜っと言いながら私も気分がよくなってハイボールを飲んだ。