泥のついていない一万円札

名作ドラマ『北の国から』の涙なくしては見られない名シーンの1つが、主人公の純が東京に旅立つシーン。そこに、泥のついた一万円札が登場する。

純をトラックに乗せた運転手が、フロントガラスの前に置かれた封筒をあごで指す。それは、純の父親の五郎が渡した金だった。運転手は、自分にはとても受け取れない。だから、それはお前が記念に一生持っていろ、と純に言うのだ。純が手にした封筒に入っていた2枚の一万円札には、父親の手についていたであろう泥がついている。父が必死に稼いだお金。それを見て、純は涙を流すのだ。

bills私にも使えない一万円札がある。

父が 60歳で定年退職したときに家族でお祝いをした食事の席で、父が私たち兄弟に封筒を渡してくれた。ひとりひとりの名前が筆で書かれた封筒には一万円札が2枚ずつ入っていた。最後の給料から私たちにもおすそわけ、ということだった。

父はもう70を超えたから、10年以上も前のことになる。なんだか使うのがしのびなくて、今でもそのお札を使うことができずにとってある。「今月、厳しいなあ」という金欠のときでも、父にものすごく腹を立てて憎らしく思ったときでも、それには手をつけずにここまできた。今や封をするために貼られていたセロテープは粘着力を失って、はがれ落ちたあとが茶色くなっている。

きっと、兄も弟も同じなのだろうと思っていた。ところが数年前に実家に兄弟で集まって話していたときのこと。「お父さんからもらったあのお札、使えないよね」と同意を求めたら、「え!? すごいね、まだ持ってるんだ」とすごく驚かれた。兄も弟も、速攻で使ってしまったらしい。まったくもって、現金である。

泥もついていないし、番号がゾロ目なわけでもない。他のお札と混ざってしまったら見分けがつかなくなるであろうごく普通の一万円札なのだが、私はやっぱりまだ使えないのである。

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