12月2016

あれも鍋これも鍋

クリスマスの休日、夜に友人と韓国料理屋で会う予定しか入っていなかった私は、永遠に終わらない断捨離の矛先をキッチン周りに向けた。シンク下から、蓋のない土鍋が出てきた。巣鴨の地蔵通りの縁日に、人の良さそうなおじさんの、「この鍋で調理すると遠赤外線効果でおいしくできるよ」という言葉にのせられて買った鍋だった。確かに使い勝手がよくて、カレーやら煮物やら作るのに重宝していたのだけれど、ある時、手を滑らせて蓋を割ってしまった。気に入っていた鍋だけに悔やまれたが、クレジットカードのポイントでゲットした蓋つきのテフロン加工の鍋が届いてからは、土鍋の出番はほとんどなくなった。それがあったことも忘れていた。

 目の前の土鍋を改めて見てみれば、大きさも手頃で形も私好みである。しかし、蓋がないことで不完全に思われ、つくづく蓋を割ってしまったことが悔やまれた。蓋があってこその鍋は、相方を失ってどこか寂しげにさえ見える。

 破れ鍋に綴じ蓋という言葉を思った。どんな鍋でもそれ相応の蓋があるというところから、どんな人にもそれ相応の伴侶がいるということのたとえである。また、その両者は似通っているという意味もある。

 いつの正月だったか、だいぶ年下の従妹が旦那さんを連れて私が帰省中に実家に遊びに来た。二人が帰ったあとで、母が感心したように言った。

「似た者同士が結婚するなんていうけど、あの子にはぴったりの相手だねえ。巡り合わせだねえ」

「そうだねえ、縁なんだろうねえ」と、私は剥いたみかんの実を口に放り込みながら相づちを打った。母は「それなのに」と言葉を続け、首を傾げた。 

「どうしてあんたは巡り会わないんだろうね? もしかしてあんたの運命の人、死んでるんじゃないの」

 運命の人死亡説が浮上し、目から鱗が落ちた瞬間である。それからしばらく経つが、未だ生存確認はできていない。この世にいないのなら仕方あるまい。以来、私は半ば未亡人のような心持ちで日々を過ごしている。

 鍋は割れちゃいないが、蓋の方が割れてなくなった我が家の土鍋。断捨離するには忍びなくて、そっとシンクの下に戻し、私は身支度をして家を出た。

 友人と韓国料理屋にて落ち合い、チャミソルで乾杯する。豊富なつきだしを味わいながら待っていると、次々と注文した料理が運ばれてきた。スンドゥブ鍋もクツクツと小気味のいい音を立てながら到着した。そこではたと気づいた。スンドゥブの鍋には蓋がない。もともと蓋がないんである。けれども、ちっとも寂しそうではなかった。それどころか、へたにさわると熱いぜ、やけどするぜと言わんばかりの佇まいに、食欲を刺激されてテンションが上がり、一句までできた。

綴じ蓋は あってもなくても いいじゃない
人間だもの。

 チャミソルが体に染みていくのを感じながら、私は友人との宴を楽しんだ。

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今年もブログを読んでいただいた皆様ありがとうございました。
どうぞ素敵な年をお迎えください 。

 

誤解

以前から約束していた公演を見るために2ヶ月ぶりに友人と待ち合わせ場所で会ったとき、何だか気恥ずかしい気がした。向こうも同じみたいだった。というのも、この友人と出会ってから結構な頻度で飲み歩いていて、2ヶ月も会わなかったのは初めてのことだったからだ。

196485 会って話してみれば、お互いが相手からの連絡を待っていて、連絡がないのは相手に嫌われてしまったからかもしれないと思い込んでいたのだった。まるで私たちは、いい歳をした、恋する乙女みたいだった。

 誤解が解ければ何てことはない。私たちは2ヶ月ぶりに、はしごした2件目の飲み屋が閉店になるまで酒を酌み交わしたのだった。 

 それから2日後の休日、7年ぶりに大学時代の友人に会った。学部は違ったが人と群れるのが苦手な私と彼女はウマが合った。私の実家にも遊びに来たことがある。

 前回彼女と会ったとき、私は肉体的にも精神的にも最悪の状態で、朝に食べたアボカドで突然のアレルギー反応に襲われた。顔がパンパンに腫れ、全身が蕁麻疹に覆われ、声が変わっていった。アナフィラキシーショックだった。彼女が病院に運び込んでくれなかったら、危ないところだった。彼女は命の恩人とも言うべき友人である。また遊びに行くねと言いながら会えないまま、必死でどん底から這い上がろうともがいているうちに4年ほどが過ぎた。

 そんなある日、彼女から突然手紙が届いた。それには突然の病で大きな手術をした報告と、久しぶりに会いたいです、と書かれていた。私も急いで返信をした。けれども、お互い会いたいと言いながらも具体的な日時を決めることもなく、日常に謀殺されたまま、日々は過ぎていった。向こうも小さい子どもが二人もいるから、私以上に慌ただしい日々を送っていたに違いないと思う。

 2度ほど彼女にメールを出したが、返事はなかった。忙しいのかもしれない、病気のこともあるし、もしかしたら人には会いたくない時期なのかもしれない。自分にもそんな経験はあったから、気にはしなかった。

 その頃、私はLINEをやるようになり、ポコパンというゲームにハマっていた。 自分の電話番号を相手が登録しているとか、友だちになっている人の中にポコパンをやっている人がいると、ランキングにアカウント名が表示される。ある日、そのランキングの中に、私はその友人のものを発見した。彼女の名前はのぶ江とか、かず美みたいに、ひらがなと漢字が組合わされていて、よくある名前ではないのですぐ分かった。

 そこで、彼女に「久しぶり。元気?」とメッセージを送った。結果、既読スルーされた。ちょっと傷つきながら、やっぱり、まだ会いたい気分じゃないのかもしれない、と思うことにした。

004640  しかし、友人は毎日毎日、ポコパンで高得点をたたき出している。そのうえ、彼女のLINEのアイコンは時折変わる。決まって動物のお尻のアップ写真にひと言コメントがついている。馬のお尻には「馬ケツ」、犬のお尻には「犬ケツ」という具合である。それを見ながら、「バケツ」はすぐに分かったが、犬ケツが「イヌケツ」ではなく、「ケンケツ」と読ませて献血とひっかけているに違いないと思い当たったときには、ひざを打つ勢いだった。そんなお気楽感を漂わせているのに既読スルー。ゲームはガッツリやっとるやないかいっ、という腹立ちを、きっと病気が彼女をそうさせているのだという思いで抑えているうちに日々は過ぎた。

 彼女から年賀状は届いた。「元気? 私も元気だよ。会いたいね」とひと言添えてあった。私も「元気だよ、会いたいね」と遅ればせながら返信をした。しかしLINEは既読スルー。このまま疎遠になって会うこともなくなってしまうのかもしれない。私はがっかりゆえの腹立たしささえ感じていた。

 やがてポコパンにもすっかり飽きて、彼女のLINEアイコンを目にすることもなくなっていた。

 そんな折、電車の中でスマホを見ていたら、友人と同じ病気のタレントのことがニュースになっていた。彼女のことが思い出されて、果たして元気でいるのかと急に心配になった。無事なのだろうか。落ち着かず、メールもLINEもだめならと、今度はショートメールでメッセージを送った。

 意外にも、友人から会おうという返信がすぐに来た。具体的な日付の提案もあった。そんなわけで、私たちは7年ぶりに再会したのだった。

 友人と私の間は、驚くほどに何も変わっていなかった。話も尽きなかった。命に関わるほどの病気が発覚して手術をしてからこれまでの話を聞かせてくれたあとで、まるでドラマみたいだったよと彼女は力強く笑った。私は何もできなかったけれど、彼女を支える家族がいること、そして何より友人が回復して元気でいることにほっとした。

 しばらくして、会えてよかったよ、しばらく会いたくないのかなと思っていたから、と私がこぼすと、友人はキョトンとしている。聞けば、メールなんて届いていないと言う。しかも、LINEはやっているが、ポコパンはやっていないと言う。人違いだった。なんという衝撃。じゃあ、あれは誰だったのか。

 考えてみれば、馬ケツも犬ケツも、友人らしくない。LINEアドレスを交換してみれば、友人のアイコンは子どもの写真であった。もちろん、お尻のアップではない。

「私が病んでおかしくなったとでも思った?」と友人は爆笑していたが、正直なところその通りだ。違和感があったのに、それを無視して友人に違いないと思い込んでいたのだった。しかし、本当にあれは誰だったのだろう? 

 彼女が子どものお迎えに行かなければならない時間まで、私たちはおしゃべりをして笑い合った。

 相手を気遣っているつもりが、どこかで、「ちぇっ、どうせ私のことなんて」とすねてしまっていたのかも知れない。勝手な思い込みで数少ない友人を2人もなくさないでよかった。

 もしあなたにも、気になっている人がいるのなら、連絡してみてはいかがだろうか。