11月2016

笑う女

ひとり飯を喰らう人が好きである。  

いつだったか、月島の店でひとり、お好み焼きを食べている青年を見かけたことがある。私は連れの肩越しに彼を見ていた。とても楽しそうだったから、ついつい目が離せなくなってしまったのだ。青年は丁寧にお好み焼きを焼き、ソース、マヨネーズ、青のりをかけて仕上げた。それから手を合わせていただきますをして、ヘラで器用に一片を切り出して口に運んだ。青年が満足げな笑みを浮かべながら、実においしそうに食べる様子は感動的ですらあった。私もあんな風に食べる人になりたい。あの青年の姿は私にとって、ひとり飯の理想型である。

先日の夜、近くでひとり飯をして帰ろうかと考えながら地下鉄の駅の階段を上りきったところで、膝の辺りにガツンと何かがぶつかり、「痛っ」と声が漏れた。すみませんと言いながら、大きなカバンを下げた若い女が足早に私を追い越していった。カバンの角が私の膝裏をヒットしたのだ。

少しばかりの苛立ちを抑えつつ歩いていくと、信号待ちをするさっきの女に追いついた。どんな顔をしているか見てやろうと視線を上げると、女は笑っていた。ひとり、ニヤけているのだ。微笑みという領域をはるかに超えている。通りの向こうから漏れるかすかな明かりに照らされ、彼女の笑う顔が暗闇の中に浮かび上がっていた。

怖っ。

不可解な笑顔にかきたてられた恐怖心から、私はその笑顔の訳を探ろうとして、彼女の耳にイヤホンを探した。ケータイで誰かと話していて、相手の言葉に笑ったのかもしれないと思ったのだ。しかし、当ては外れた。

なぜだ、なぜ笑っているのだ。

ふと、横断歩道の向こう側にある人影が目に入った。暗くて姿がよくは見えないが若い男のようだ。ははん、そういうことか。あの男は恋人に違いない。待ち合わせでもしているのだろう。なるほど女は、通りの向こう側を見て笑っているようにも見える。男は彼女に気づいていないようだが、彼女は彼に気づいたのだろう。なるほどと、彼女の笑顔の訳に思い当たって、気持ちが落ち着いた。

信号が青に変わった。

女は大きなカバンを肩にかけて持ち直すと、待ちきれない様子で駆け出した。恋って素晴らしい。若いってうらやましい。

彼は彼女に気づく素振りがない。まったく鈍いぜ、お兄さんよぅと思いながら、若いカップルの逢瀬を目撃しちゃおうと見ていたら、女は男を通り過ぎた。赤の他人のようだ。予想外の展開に私は焦り、目で女を追った。彼女は勢いよく、近くの牛丼店に駆け込んでいった。そう、女の笑顔の訳は牛丼だったのだ。

拍子抜けしているうちに、信号は赤に変わった。私の心持ちも変わった。女はひとり飯を喰らう人であった。

キン肉マンばりに牛丼にテンションを上げられる彼女がすごいのか、彼女をあんな笑顔にさせる牛丼がすごいのかはよく分からないが、私は胸がすく思いがして、心の中で「グッジョブ」という掛け声とともに親指を立てた。

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