9月2016

鯉のあらい

 fish_koi 先日、またひとつ歳をとった。
 疲れがとれない。ちょっと食べたらすぐ太る。
 歳上のおねえさんたちが口々にいっていたことを実感する今日この頃だ。

「おねえさん、上がっていきなさいよ」

 実家に帰省中、近所のおじさんたちの宴に誘われ、断りきれず上がらせてもらうことになった。

「はいよ、飲める口なんでしょ」とコップを渡され、秋田の酒をなみなみとつがれる。

 おじさんたち5、6人が囲むテーブルには、和洋中の料理が入り乱れてところせましと並ぶ。

「このシューマイ、うまいよ」と勧められたり、「こっちも食べて」と回鍋肉の盛り皿やポテトサラダが回ってきたりして忙しい。そのお宅の奥さんが、これもどうぞと、栄養ドリンクと野菜ジュースを手渡してくれる。ちょっとしたカオスである。

 そのなかで、メインは鯉のあらいであった。おじさんの中に、鯉のあらい作り名人がいるらしい。なかなか乙な一品ではある。そういえば、この間聴いた落語にぜいたくな料理として鯉のあらいが出てきた。

 実のところ、子どもの頃に父が作った鯉料理を食べて以来、鯉には泥臭い印象しかない。放っておいたら箸はつけなかっただろうが、おじさんたちが酢みそにつけて食べろ食べろとかえるの合唱みたいに勧めてくる。

 ここは空気を読む。一切れすくって、酢みそにつけて口に入れてみたら、これがうまかった。泥臭さなどみじんもない。日本酒にもよく合う。

「うわあ、おいしいですねえ。こんなにおいしいの初めて食べました」とやや大げさに賞賛しながら、ぱくりぱくりと鯉のあらいを二切れ三切れと口に運ぶと、おじさんたちは満足げであった。

 「東京で働いてます」とか「この夏は暑いですねえ」とか、しばらく世間話をしていると、わたしから一番遠くに座っていたひとりのおじさんが、どういう文脈でそうなったのか分からないが、

「あんた、子どもいないんだろ」と言い出した。

「ええ、おりません」と笑って答えて日本酒を飲む。

「子孫繁栄は人類の義務だよ、あんた。がんばらなくちゃ」と言うので

「がんばります」と笑顔で返して、鯉のあらいをもう一切れすくって食べる。

「まだ独身なんだって? 早く結婚しなくちゃ。相手いないの」

 今度は、その向かいのおじさんが口を挟む。

「ご縁がないもので」

 ほほほ、と笑ってわたしは日本酒を飲む。

「待つばかりではだめだよ、今の時代は。これだと思うオトコがいたら、自分から積極的にいかなきゃ」

 そう言った隣のおじさんは、わたしを励ましてくれているつもりのようだ。

「そうですね、積極的にいかなきゃですよね」

 わたしが左手でガッツポーズを作ってみせると、そんなわざとらしさに気づきもせず、おじさんたちはそうだそうだと口々にうなずいた。かえるの合唱である。

「ところであんた、いくつになるの?」と向かいのおじさんが尋ねる。

 いくつに見えますぅ、などという質問返しはしないことをポリシーとしている。

「今年で四十二になります」

「……」

 テレビかラジオだったら放送事故レベルの沈黙が襲う。黙るんじゃないよ、と思う。 あんなに威勢のよかったおじさんたちがシーンとおとなしくなり、バツが悪そうにしている。おかしくて笑いが漏れそうになった。

 わたしは、もう一切れ鯉のあらいをすくい、酢みそにつけてばくりと食べた。たんぱくな味があっさりしていて小気味よい。コップに残った日本酒をくいっと飲み干し、
「結構なものをいただきまして、ごちそうさまでした」と礼を言い、何ごともなかったように笑顔を崩さずおいとました。 

 歳をとるたび、腹回りと神経は太さを増すような気がして、複雑な女心である。