8月2016

えびフライ

 えびフライお盆中は通勤電車もすいているなあと思ったのも束の間で、朝の電車もいつもどおりの混雑が戻ってきた。なんだかこの夏は体がいつもよりしんどくて、休日は家でゴロゴロ過ごすというのが定番になっているが、夕方近くにふと気が向いて、巣鴨へ出かけた。大雨が降りやんだあとの平日の地蔵通りには人もまばらだったが、ときわ食堂だけはひっきりなしに客が訪れ、賑わいをみせていた。わたしの目当ては、この店の名物、えびフライ定食である。

 運ばれてきた大きな2匹のえびフライはしっぽとしっぽを交差して、平たい皿に盛られた千切りキャベツの上にのっていた。それらを前にして、えんびフライ、とつぶやいてみる。

 中学校の教科書に載っていた『盆土産』という小説が思い出に残っている。

 「えびフライ、とつぶやいてみる。」という一節で始まる物語の主人公は小学生の少年だ。

 東京へ出稼ぎに行っている父から盆に帰ると速達が届く。それには、土産は、えびフライ、と書かれている。少年も彼の姉も祖母も、えびフライを見たことがない。

 「えびフライ、どうもそいつが気にかかる。」というように未知の食べ物が気になってしかたない少年は、ことあるごとに「えびフライ……」と文脈なしにつぶやいてしまう。訛りが入ると「えんびフライ」に聞こえてしまうのだけれど。

 少年は父親が土産にと運んできた冷凍えびフライのえびの大きさに目を見張り、その旨さのあまりしっぽまでたいらげてしまうほどに感激する。それは姉も祖母もおなじことで、墓参りにいったとき、彼は祖母がとなえる念仏の途中に、「えんびフライ」という言葉が混じるのを耳にする。亡くなった祖父と母に前夜の食卓の様子を報告しているのだろうか、と思い、死んだ母はあんなうまいものを食べたことがなかったのじゃないかと、申し訳ないような気持ちになるのだ。

 すぐに東京に戻らねばならない父親との別れのとき、さいならと言おうとした少年の口から出たのも「えんびフライ」という言葉であった。

 『盆土産』は、えびフライに投影された登場人物たちの心情を鮮明に描き、ノスタルジックな気持ちを呼び起こす佳作である。これほどまでにえびフライを魅力的に描いているものはほかにないと思う。それゆえに、30年近く経った今でも、教科書に載っていたこの物語は印象に残っている。

 しかし、当時中学生だったわたしは、物ごとをナナメに見たい歳頃だったせいか、この話に心つかまれているくせに、「だっせぇ」という感想を吐いた。まるで、えびフライ祭りではないか。たかがえびフライごときに何をそんなにドキドキワクワクして踊らされているのか、とバカにした。

 ところが、ケケケと笑い飛ばしたあとで、気づいてしまった。考えてみたら、わたしは、えびフライを食べたことがなかった。食べたことがあると思っていたのは、どこぞで出された、えびの天ぷらだった。しかもやたらと衣が多くて小指ほどの大きさしかないえびばかり。そもそも、父がえびを好きではないから、我が家の食卓にえびフライが出されることなんてなかったのだ。そのことに思い至った瞬間、わたしは敗北した。少年が揚げたてのえびフライをひとかじりしたときの、しゃおっ、という音が頭の中に再現されたと同時に、えびフライはわたしの憧れの食べ物となったのだった。

 今、その憧れの食べ物がわたしの目の前にある。まず添えてあるレモンを絞りかける。ワガラシを少々つけてソースをかけたえびフライを口に入れると、しゃおっ、と音がした。うまいものを食べると笑みがこぼれるのはなぜだろう。少年と姉のごとく、わたしはあっという間に2本のえびフライをたいらげた。

 お盆は仕事で休めなかったが、あと少しでまとまった休暇が取れる。そうしたら帰省して墓参りをするつもりでいる。先頃亡くなった祖父の墓前で、巣鴨でえびフライを食べたことなど報告しようかなぁと思っている。