7月2016

プライオリティ

先日、親戚であつまる機会があり、食事が終わったあとでお茶を飲んだりしながらまったりしていたときのことである。

「どうしてトイレに行かないの!」と従妹が小学校1年生になる息子を叱っていた。見ると彼のズボンの股のあたりが濡れているのが見て取れた。叱られている本人はどうかというと、表情ひとつ変えずにしれっとしている。そして従妹の小言が終わるや否や、さっさと彼自身の従兄弟たちの輪の中に戻り、きゃっきゃっとはしゃぎながら走り回って遊びに興じているのだった。

085184「もうやんなっちゃう。すぐお漏らしするんだから」

 従妹は相変わらずぷりぷりしている。聞けば、息子は遊んでいる最中にトイレに行きたくなっても行かず、しょっちゅうお漏らしをするのだそうだ。小学2年生までおねしょをしていた私としては、少し従妹の子の肩を持ちたい気分になって、「大人になってもお漏らししながら遊んでいる人なんていないんだから、大丈夫だよ」と従妹をなぐさめた。そうして、楽しそうに他の子どもたちと遊んでいる従妹の子を眺めていて思い当たった。彼にとっては、尿意を催してトイレに行くということよりも、目の前の遊びのほうがプライオリティが高いのである。だから、遊びを中断しなければならないくらいなら、漏らしてしまえということになるようだ。パンツとズボンが濡れたままで気持ち悪くないだろうかと思う一方で、ある意味、突き抜けているなあと感心してしまった。そうしてあることを思い出した。

 秋葉原に行った時のことである。興味半分でアニメグッズを取り扱っている店に入ってみた。ショーケースにセクシーな女性フィギュアが所狭しと並んでいて、万単位の高価な値段設定に驚いた。自分には縁のないところだなと店を出ようと出口を探したところで、30代半ばは超えているように見られる男性が目に入った。リュックを背負ってネルシャツインなところが、私が勝手に抱いていた秋葉原のイメージと妙にマッチしていた。彼は店の大きな紙袋を両手に下げていた。どちらの袋からも例のセクシーフィギュアの箱が頭をのぞかせていた。いくつ入っているんだろうか。少なく見積もっても数万円はかかっているだろうと、その購買力に驚いた。

 眺めていると、男性が顔を輝かせた。店内では小型テレビで流れているアイドルグループのDVDが流れていたのだが、それが目に留まったようだった。彼はおもむろに紙袋をおくと、DVDに合わせて踊りだした。おいおい、通路で踊り出しちゃったよと呆れる一方で、振り付けを完璧にマスターしていることに感心してしまった。なりふり構わずその無心で踊る楽しげな様子がうらやましいぐらいだと思った。瞬間、にかっと笑って口を開けた彼には前歯がなかった。それが彼を間抜けに見せ、口を閉じているときよりも老けているように見せた。

 私は彼の高価なフィギュアを大人買いする購買力に驚いたばかりである。きっと、歯がないのはお金がないからではないはずだ。彼にとっては歯を入れるよりもセクシーフィギュアを手に入れるほうがプライオリティが高いのに違いない。

 自分だけの常識で考えたら、尿意を催したらトイレに行くだろうとか、フィギュアを買うより前歯を入れるだろうと思ってしまうが、彼らはそうではないのだ。プライオリティというのは、まったくもってひとそれぞれなんだなあと思った次第である。

 何より彼らが夢中で楽しんでいる様子は印象的であった。そんな風に自分が夢中になれるものがあるだろうかと考えてみる。「三度の飯よりも好き」というやつである。

 結果、四十路を超えてなお三度の飯が何よりプライオリティが高いことに思い至り、愕然とした私であった。