4月2016

空港で

imageダブリンまでの乗り換えには1時間。手荷物のチェックを終えてゲートについた頃には、搭乗時間まであと20分ほどになっていた。そこで私は小さなリベンジを図ることにした。前回ダブリンを訪れた2年前、日頃の疲れが出たのか体調が戻らないまま滞在を終えた。帰りにフランクフルトで乗り換えだったのに、待ち時間の間ドイツビールを飲む気にもなれなかった。そのことをちょっぴり悔やんでいたのだ。

imageグラスの生ビールを買って席を探すと、アジア人の女性がバックパックをどけて席を空けてくれた。礼を言ってテーブルにつく。その雰囲気からこちらに住んでいる日本人かしらと思ったが、ビールを飲んでいると彼女の大きな笑い声がした。ケータイで映像を見て笑い声をあげているのだった。その様子から、たぶん日本人ではないだろうなと思った。

ビールを飲み干した頃、搭乗を待つ列の終わりが見えてきたので並ぼうと席を立つと、列の最後尾近くの椅子に移動していたさっきのアジア人女性が私を見て微笑んだ。私も微笑み返す。見知らぬ人の何気ない好意に、無意識にしていたらしい緊張がやわらぐのを感じる。

image反対側の椅子には二十歳になるかならないかぐらいの若い女の子が座っていた。手にしているパスポートにハープが描かれていて、アイリッシュだと分かった。その右手にはめられているクラダリングを見て、彼女がシングルだということも分かった。クラダリングの名はアイルランドのゴールウェイ近くの漁村に由来する。王冠(忠誠)とハート(愛)、それを抱く手(友情)のモチーフからなる。王冠を外側に向けてはめると恋人がいることを意味する。彼女の指の王冠は内側を向いていた。

前の人から距離を置いて列の最後尾に並ぶ私と、その通路を挟んで向かい合うように座っている彼女たちはトライアングルをなしていた。果たして私は人の目にはどんな風に映るのだろう。ふとそんなことを思いながらダブリン行きの飛行機に乗り込んだ。

とりどりみどり〜アイルランド旅行記エピローグ〜

久しぶりに会った友人と飲んでいたら、「なんだか、緑色ですね」と言う。なんのことかと思ったら、その日の服装の色使いのことらしかった。確かに私は緑色のスカートを穿いていて、トップスのボーダーにも濃いグリーンが入っていた。
「あらっ、ネイルまでグリーンが入ってる!」
グラスを持つ私の手を見て、彼女は少々驚いたように言った。
「癒しを求めてるのよ、たぶん」
私は笑って答えた。

それを言われたのは初めてではない。
「緑色、好きなんだね」
と少し前にも同僚に指摘されたばかりだ。一口に緑色と言っても、淡い色もあれば濃い色もあったり、ターコイズブルーに近いような色もあって様々だけれども、確かに私はここのところ、ミドリちゃんかというくらい緑づいている。

あと数日で、家族ともいうべき人たちに会うためにアイルランドへ発つのだと話したら、
「アイルランドといえば緑の国ですものね」
と彼女は言った。

imageアイルランドへ出発する前日、昼食に池袋にある全国のインスタントラーメンを揃えている店で買った「エイリアンラーメン」を食べることにした。買うつもりはなかったのに、昭和のホラー漫画みたいなパッケージと、“スープがまるで泥汁のような”という紹介文が気になって買ってしまったのだった。冷蔵庫に残っていた卵と一緒に麺をゆで、スープの粉を入れたら濃い緑色になった。抹茶のような鮮やかさはなく、どろっとした藻のような緑色である。ひゃー、ラーメンまで緑だよ、どんだけ〜となかば引き気味に汁をすすってみると、これが美味であった。ワラスボとかいう耳慣れぬ生物からとったという、まったりとした深い甘みのある魚介だしが効いている。パッケージに描かれているナマズの化け物のようなのがワラスボらしい。カニといい、あんこうといい、こういうグロテスクな魚介類はいい味を出すものだ。エライ。ちょっとの間ラーメンとはオサラバだなと思いながらエイリアンラーメンの緑の汁を飲み干した。

さて、出発の日がやってきた。朝5時半に起きてケータイをチェックすると、Facebookからタグづけされたと通知が届いていた。ローナンが「僕のジャパニーズシスターがやって来る!」と書き込んでいた。2日前にはローナンの母親であるヘレンが空港まで迎えに行くからねと電話をくれた。待ってくれている人がいるというのはうれしいものだ。

着替えて鏡を覗いたら、そこには緑色は見当たらなかった。ガウチョパンツのグレーの色が、曇ったアイルランドの空の色みたいだと思った。

玄関に向かい、パッキングを済ませて玄関に置いておいたスーツケースを見て笑いがこぼれた。よく見たら、弟から借りたスーツケースはビリジアンのような濃い緑色をしていた。やっぱり緑づいているな、私。たぶん、求めているからだろう。そんなわけで私はアイルランドヘ行く。

喉元すぎた熱さを思い出す

 ある日、外国人の名でFacebookの友達申請が送られてきた。知らない人から送られてくることもたまにあるからスルーしようかと思った矢先、その名前に思いあたった。もう20年近くも連絡が途絶えていたアイルランドの友人イーファだった。懐かしさとともに、ある思い出が蘇った。

 1年の予定でアイルランドのダブリンにやってきた当初、部屋探しに苦労した。あの頃から誰かと一緒に暮らすのは無理そうだと思っていて、少なくとも個室を確保したいとこだわっていたこともあるのだが、いい感じのところはどこも先に借り手がついていた。時折肩を落としながらもあちらこちら動きまわって、ようやく小さな部屋を借りることができた。あんな大変な思いは二度としたくないが、不思議と当時の私には不安がなかった。若者特有の経験の浅さゆえの楽観的なマインドが良く働いたのだろう。

 その部屋は細長い建物の5階にあって、もとは1つだったのを3部屋に区切ったようなつくりで狭かったが、トイレとシャワーとキッチン、ベッドや食器などは備え付けられていた。このベッドがとにかく臭かった。鼻にツーンとくるような異臭は消臭スプレーを丸々1本使い、新品のカバーをかけてようやく気にならなくなった。床も斜めに傾いていて、条件は決して良くなかったけれども、とりあえず住居を確保したことに私は安堵した。引っ越しがひと段落して、留学生仲間のフランス人が貸してくれたラジカセをつけると、当時の流行りのポップスが流れてきた。何かをやり遂げたような、でもこれからが始まりのような、ワクワクする濃い時間だった。夜の10時半を回っていた。よし、今日はこれくらいにして明日に備えよう。当然のことながら風呂には入れないが、さっぱりして寝たくて私はシャワーを浴びた。

 251790シャワーを浴びている最中、あることが心配になった。この部屋は壁がうすい。もしかして夜にシャワーなんて浴びたら騒音で隣に迷惑がかかりやしないか。こんな海外で不要な揉め事はごめんだ。そう思った私は、パジャマを着て髪をふくと、シャワーを出しっぱなしにして、その音が外にど響くかどうか確かめようと部屋の外へ出た。そろそろとドアを少しずつ閉めて音の響き具合を確認する。(少し響くかも知れないな。でもドアが開いているしな。閉めたら響かないかも)そんなことを思ってドアノブを引いた瞬間、カチャッと音がしたのと、あっ!と思ったのが同時だった。海外にはホテルと同じで閉めると鍵がかかるタイプのドアが多い。この部屋の鍵もそのタイプだった。そうして私は閉め出されてしまった。いや、自分で閉め出してしまったのだけれど。

 押したり引いたりしてみたが、粗末な部屋とはいえ、ドアは鍵がかかってびくともしない。もう夜も遅い。近くに頼れる知人は誰もいない。日本からはるばるダブリンまでやってきて10日あまり、パジャマに裸足、髪は濡れたままの私は自分を部屋から閉め出して途方に暮れた。

 廊下の壁に窓があった。そこから壁をつたって部屋に入れないかと考えたが、そこは5階でベランダも足場になるような凹凸もない。こういう状況だと想像が飛躍するみたいだ。窓から足を踏み外し落下する自分を想像し、ここで死ぬのか……と絶望した。

 しばし呆然としたのち、我に返って少し落ちついた私は、助けを求めて建物内の各部屋の呼び鈴を押して回った。どの部屋も中に人がいる気配はあるのに応答がない。それも当然だよな、怪しすぎる……とあきらめかけたとき、2階に住む女性が応答してくれた。インターホンで事情を説明するとその人はドアを開け、ほの暗い灯りがともる部屋に私を招き入れてくれた。私よりいくぶんか年上に見えるその女性は本を読んで起きていたようだった。それがイーファとの出会いである。

 この時点で、私はまだ自力でどうにかせねばと思っているので、とりあえず彼女からピンを借りた。ほんのわずかな希望をもって部屋に戻り、鍵穴に差し込んでカチャカチャやってみたが時間を無駄にしただけだった。ドラマや漫画のようにはいかないものだ。スゴスゴと彼女の部屋に戻る羽目になった。警察に頼るしかないんじゃないかと言ってイーファが電話をしてくれたが、警官が到着するまでだいぶ時間がかかった。待つ間、イーファが煎れたお茶を飲みながら私たちは自己紹介をし、それがきっかけで友だちになった。

 ようやくやってきた警官が事情を聴いて取り出したのはクレジットカードだった。悲しいかな、ピンと大して発想が変わらないではないか。不安は的中し、ドアの隙間にカードを差し込んでカチャカチャやったあと、警官が言った。

「これは無理だな。残念だけど、ドアを蹴破るしかない」

 それはイヤだよう…と内心思いつつ、状況が状況なので何も言えない。それを察してか、裸足にパジャマ姿で濡れたままの髪を垂らして泣きそうになっている見知らぬジャパニーズガールの顔を見て、「もう1回だけ試してみよう」と警官は慰めるように言った。多分無理だけど、とその表情は語っていた。でもやってみるものだ。警官が最後と言わんばかりにカードを差し込んで勢いよく上に引き上げると、今まではもったいぶっていたかのようにカチャッと音がして鍵が外れた。警官がドアを開けると、まるで後光のような部屋の光が廊下に差し込んだ。出しっ放しのシャワーがザーザーと音を立てていた。こうして私は救われた。

 異国で窮地に陥り、パジャマに裸足、髪は濡れたままで途方に暮れた自分のことを私は忘れていた。あのとき私は、窓から足を踏み外して落ちて死ぬ自分の姿を想像し、ほんの一時、絶望したのだった。そのことを思い出して感じたのは、人生ってなんとかなるもんなんだなあということだった。喉元すぎれば熱さ忘れるとはよくいったものだ。ちなみに、このことわざには、苦しい経験も過ぎ去ってしまえばその苦しさを忘れるという意味に加えて、苦しいときに助けてもらっても、楽になってしまえばその恩義を忘れてしまう、という意味もある。あの時の喉元の熱さを思い出して、私は自分のアホさ加減に加えて、受けた恩義も思い出した。そして、ドアを開けてくれた警官と、あのとき私を部屋に入れてくれたイーファに改めて感謝した。

 あと1週間で私はダブリンへと旅立つ。旧友との再会がとても楽しみだ。