10月2015

予期せぬ答え

 今回のラグビー日本代表はすごかった。ルールをよく知らないながら、私も興奮しながらテレビの前で応援していた。あの大きな体と体が激しくぶつかりあう様子を見ながら、改めて命の危険と隣合わせの厳しいスポーツなのだと思った。そしてその危険も顧みず果敢に相手に向かっていく姿に選手たちの情熱を感じた。日本中が熱狂し、日本代表は今、大きな注目を集めている。先日テレビを見ていたら、五郎丸選手とリーチマイケル選手がインタビューを受けていた。締めというところになって、女性アナウンサーが緊張気味に、「最後に、聞かせてください」と、満を持した様子で質問した。「ラグビーは好きですか?」

 テレビの前でのけぞりそうになった。なんてことを聞くんだ。日本代表としてあんなに闘志に燃えて闘っていた選手に、それ聞くってどういうことなんだ。 女性アナウンサーとしては、ひねったつもりで、何回転かしてのその質問だったのか。予想通りの答えが返ってくることを想定しての質問だったのか。でも、私はひとり、テレビの前で予期せぬ答えが返ってきたらどうしよう、どう受けとめたらいいのだとドキドキしてしまった。そしてなぜか、もう十何年も前のある出来事を思い出した。

 私が育った町から少し離れた大きな街の片隅に、小さな喫茶店があった。小さなおばあさんが切り盛りしていて、店で出しているケーキもおばあさんの手作りで、大変評判がよかった。その店のことを何度か聞いたことがあって、いつか行ってみたいと思っていたもののなかなかチャンスがなかった。あるとき、近くで用事があり、念願かなってその店を訪れることができた。噂を聞いてから、数年は経っていたと思う。

 店に入ると、白髪をおだんごにして割烹着を着た小さなおばあさんが奥から出てきた。他に客はなかった。パステルカラーの和紙でできたメニューも、店の雰囲気にあっていた。「いちごみるく」なんて、イチゴのイラストつきでひらがなで書かれているのもよい。テーブルと椅子もアンティーク調で、大正ロマンを感じさせるようなレトロな雰囲気のこの店を、私はすぐ気に入った。おばあさんにオススメを聞くと洋梨のタルトというので、それとコーヒーを頼み、まったりして過ごしていた。

 しばらくすると、ひとりの女性が入ってきた。30代半ばくらいだろうか。彼女は店内をじっくり見回してから、気に入ったらしいテーブルについた。メニューを運んできたおばあさんに、「私、ここにずっときてみたかったんです」と感激した様子で話していた。ああ、この人もか、と思った。

 214066おばあさんがケーキと飲み物を運んでくると、その女性は感激さめやらぬ様子で笑顔を浮かべ、おばあさんに訊ねた。

「このお店、おひとりで切り盛りされているんですよね」

 そう、小さなおばあさんの手作りケーキがウリの小さな喫茶店。そのメルヘンチックなところに惹かれて、彼女も私もやってきたのだ。

「そうなんですよ。全部、私ひとりでね。仕入れから何から、誰もいないから、全部あたしで」
 うんうん、と笑顔で女性はうなずく。おばあさんは続けて言った。

「もうねえ、あたしゃ身も心もボロボロなんですよ」
 おばあさんの顔は泣き出しそうにゆがんでいた。

 思わぬ言葉に一瞬固まったあと、女性を見ると、その顔から笑みは消えて、やはり言葉を失っていた。そして少しの間のあと「た、大変ですね…」とつぶやくように言った。

 それまで穏やかでレトロでいい感じと思っていた店内の雰囲気が一変した。なんだかひんやりして、古めかしい感じすらしてきた。女性は無言でケーキを食べ終えるとそそくさと出て行ってしまった。おばあさんはそんな女性の様子に何も感じているふうがなかった。私はなんだか気の毒になって、ケーキをいくつかお土産にと買って帰った。

 家に帰って家族にケーキを出すと、かぼちゃのタルトを一口食べた弟が「うっ、苦い。なにこれ」と言い、プリンを食べた父が、「なんだこりゃ。すだっちゃってるよ」と言い、ふたりともそこで手を止めた。味に繊細でない彼らが食べ残すというのはめったにないことだ。私も味見してみたが、タルトはひたすら苦く、プリンには泡のようにすがたち、不味かった。ああ、あのおばあさんは、本当に身も心もボロボロなんだなと思った。もうちょっと早くあの店を訪れることができていたらなあ、とさみしいような残念な気持ちになった。

 今はもう、その店はない。

 リーチマイケル選手が、女子アナウンサーの質問にしばしの戸惑いを見せながらも、「大好きです」と力強く答えるのを聞いて、テレビの前で私はほっとした。

祝 百記事!

このブログを始めて2年が過ぎ、これで百記事めとなりました。当ホームページのごあいさつにも書いたように、「書く」「発信する」をテーマとして始めたブログです。間が空いてしまうこともちらほらありますが、とにかく「書き続けること」を自分に課してなんとか続けてきました。 

「書くこと」について考えるとき、よみがえってくる苦い思い出があります。

 01toriha 小学校3年生のときの国語の時間のことです。私が書いた詩を先生が匿名で読み上げました。恥ずかしながら、題名は『鳥になりたい』でした。内容はほとんど覚えていないのですが、恐らく、自由に空を飛べたらいいのにとかそんなことを書いていたんじゃないかと思います。じゃあ、私は鳥になりたかったか、というとそんなことはなくて、ただ背伸びしてそのフレーズを使ってみたかっただけのような気がします。ドキドキしながら、先生が読み上げるのを私は聞いていました。読み終えると、先生は吐き捨てるように言いました。

「子どものくせにこんなものを書くんじゃない」

 誰が書いたんだとクラスがざわつくなかで、私はクラスメートたちと同様に、「だれかなあ?」と言いながらキョロキョロと周りを見回してみたりして、自分が書いたことがバレないように努めました。先生が書いた生徒の名前をあげて絶賛した詩の「きょう、たかとびで、90センチとべた。やったあ!」という一文が今も記憶に残っています。たしかに自分の書いたものとはテイストがずいぶん違うなあ、ハツラツとしているなあと、しょんぼりしながら、そんなことを思いました。それ以来、詩が苦手になりました。この先生からは提出した作文について「お前の書く物はとにかく子どもらしくないんだよ」と言われたこともあって、その時の先生の苦虫をかみつぶしたような顔は今でも覚えています。子どもの私には、なぜ先生がそんなことを言うのかわかりませんでしたが、自分が書くものがこの人には気に入ってもらえないのだと悲しい気持ちになりました。

 今思えば、あれが生まれて初めて私が受けたネガティブな批評だったような気がします。そういった経験を何度もして、私の頭の中に批評家が潜むようになりました。何かを表現しようとするたび、その批評家は声をあげます。ときにはその声があまりにも大きくて、動けなくなることもありました。 

 その批評家は今でも健在ですが、このブログを書き続けることによって、完全とはいかないまでも前よりはうまくやれるようになった気がします。そして、書き続けるうえで、レスポンスをもらえることが何よりも励みになりました。誰かに反応してもらえるって、うれしいことなんだなあと今は感じます。思わぬところで「ブログ読んでるよ」と意外な人から声をかけられたりすると、本当にありがたいなあと思います。隠れるようにして始めたブログなのに、たくさんの人に読んでもらいたいという欲が出てくるのだから勝手なものです。まあ、アクセス数は多くないですから今でも隠れているようなものかもしれませんが。

 そもそも、日記だって豪勢なノートを奮発するにもかかわらず3日と続かずだし、手帳だって1年に3回くらい変えて最後には放置する、という飽きっぽい私がここまで続けてこられたことがびっくりです。私には、たかが百記事、されど百記事なのです。今晩はひとりで乾杯しちゃおうと思います。

 やめずに続けられたのは、読んでくれた方からの励ましに加えて、実のところ“枷”があるからです。その枷は、このブログを続ける理由であり原動力でもあります。でも、2年経った今も相変わらず方向性の見えないwild oatな日々を送っていて、曲がりくねった道の先に何があるのかわかっていません。だから、その枷を今はまだ明らかにするわけにはいきません。口惜しくはあるのですが。しようとしたところで、言葉だけが上滑りしてしまうような気がします。いつかはそれについて書きたいと思っていますが、そのためにはやっぱり書き続けなければ。

 そんなわけで、これからもしばらくは書き続けていくつもりですので、気が向いたときにでも、おつきあいいただけたらうれしいです。
 読んでいただいてありがとうございます。感謝をこめて。
 

265979By tistou

 

 

 

かわいこちゃんアピール大作戦

 地下鉄の乗り換えで、構内の長い上りエスカレーターに乗っていたら、下りのエスカレーターに乗っていた30前後とみられるカップルとすれ違い様に、彼女のほうが「寒いニャン」と言っているのが聞こえて、けっという気分になった。寒いニャーならまだ分かる。どうして“ニャン”なんだろう。別にワンとかブーでもいいじゃないかと思うが、それじゃだめなのか。どうして子猫の態なのだ。猫ひろしでいいじゃないか。だめなんだろうなあ、かわいくみせるには。男はというとデレっとしている。バカだなあ、でも楽しそうではある。ちぇっ。

 227131私はぶりっこというものが昔から苦手だ。名前そのものは、ふりかけか漬け物みたいだけど、こそばゆくていけない。 “ぶっている”というアンナチュラルな感じに抵抗を覚えるのである。 

 物を落としたりとか、不測の事態が発生したりしたとき、自分だと「おっと」とか、チッと舌打ちをしてしまうような場面で、「ふにゃん」だか「はにゃん」だか、もはや文字では表現しきれないような、はにまるくんのような音を発する女子をたまに見かける。私がふだん使い慣れてない声帯なんだか筋肉なんだかを使っているようで、うまく再現できないけど。

 私よりだいぶ年上でも、自分を「◯子はね〜」と名前で呼ぶ人がいる。ずっとそれで通しているのかというと、場面によって呼び名を変えているから、意識的にやっているのだろう。恐らく、それが「かわいい」と思っているのだ。

 観察していると、妙な音を発する女子にせよ、自分を名前で呼ぶ女子にせよ、人の目を意識しているというのがよく分かる。かわいく見せるための演出なのだ。もちろん嫌味をまったく感じさせない天然のぶりっこもいるが、天然である時点でぶりっこではないということになるので、このケースには当てはまらない。また不自然さを感じさせないプロ級のぶりっこというのも存在するが、それは扱いが別なので、ここでは言及しない。

 ぶりっこは年齢を問わず存在する。雑誌かなにかで中年のぶりっこのことを“ぶりっこおばさん”と称していたから、中には“ぶりっこばあさん”というのもいるのかもしれない。いずれにせよ、ヘタなぶりっこだと人の目を意識してリアクションをとるという点において、自己顕示欲だとか、かまってアピールがだだもれしているのを感じるので、苦手意識を抱いてしまうのだと思う。 

 私だけが特別というわけではないようで、周囲の声に耳を傾けていると往々にしてぶりっこの評判は芳しくない。しかし、みんな自分の人生があり、そこまでぶりっこをかまっている暇もないのでスルーする、というのが私の周囲で見られる対応のしかたである。そのせいか、自己演出をしくじっているとは思うのだけれど、ぶりっこはいつまでもぶりっこのままである。そう、永遠のぶりっこなのだ!って書くと、なんだか神々しさすら出ちゃうけど。

 私は生まれてこのかた、ぶりっこと呼ばれたことはない。一部の男性には有効らしいので、ちょっとぐらいぶったほうがいいのじゃないかという指摘は何度も受けたことがある。ああでも、思い出してみればはるか昔、まだ昭和だった頃に、かわいこちゃんアピール大作戦を実行したことがあった。

 我が家は父が休日も忙しく、運動会も含めて学校の行事に参加することがあまりなかったのだが、小学校2年生のとき、授業参観に父がやってくることになった。

 このとき、私は思ったのだ。周りにかわいい娘だと思われれば、父はそんな私を自慢に思うのじゃないか。よし、めったにない機会だ、父に花を持たせてあげよう。

 illust1617そこで張り切った私が思いついたのが、おしりを振る作戦であった。おしりをぴょこぴょこ振ってみせたら、きっとおとなは私をかわいいと思うに違いない、と考えたのである。もうその時点で自己演出をかなりしくじっているが、そう考えたのには理由があった。幼稚園のときに、正式なタイトルは覚えていないが、ひよこのうた、というのを習った。♪ぴよ ぴよ ぴよ まあかわいいという一節だけは記憶にある。この ♪ぴよ ぴよ ぴよ まあかわいい、の部分を振り付けつきで披露したところ、親戚中で「かわいい」と大変評判がよかった。その振り付けにおしりを振るというのがあったのだ。まだヒトケタの人生経験しかない私は、おしりを振る=かわいい、と思い込んでしまったというわけだった。

 授業参観は音楽の時間だった。クラスメートの母親たちにまじって父が見守る中で授業は進み、先生のオルガン演奏に合わせてカスタネットをたたくという場面になった。皆さん、覚えているだろうか。あの、青と赤の丸い板をゴムひもでつないだ懐かしの小さなカスタネットを。今でもあのときのことを思い出すと、青と赤のコントラストが頭の片隅に浮かんでくる。

 126238私はカスタネットを打ち鳴らすたびに、おしりをぴょこぴょこと振った。どうだ、かわいいだろうと言わんばかりに。やがて教室の後ろが少しばかりざわつき、「あの子、おしりを振ってるわよ」とささやく声が私の耳にも届いた。

 その日、家に帰ると、ふすまの向こうで父が母に授業参観の報告をしていた。
「なんだか知らないけど、あいつ、ケツを振ってるんだよ……」
「ええっ、おしりを……!?」

表情はもちろん分からなかった。しかし、いぶかしがる父と戸惑っている母の様子は伝わってきた。その空気感が、リフレインした教室のざわめきとあいまって、私はかわいこちゃんアピール大作戦が失敗し、玉砕したことを幼心に悟ったのであった。

 赤面を禁じ得ない苦い思い出である。あのせいで、自分をかわいく見せるということに苦手意識が芽生えたような気もする。もしかしたら、失敗にくじかれて自分には貫けなかった何かをやってのけているように見えて、私はぶりっこをうらやましいのかもしれない。

 でも一方で思う。あのとき、ちゃんと気づいてよかった。さもないと、今でもここぞとばかりにおしりを振る女になっていたかもしれない。♪ぴよ ぴよ ぴよ まあかわいい。アラフォーにもなって尻を振る女。それはもうホラーである。

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