6月2015

デービッドの秘密

天使に出会う

ヴェッキオ宮殿ローマに別れをつげ、テルミニ駅でフィレンツェ行きの鉄道に乗る。ずっと疑問なのだが、イタリアの鉄道は、どうしてあんなに乗降口の段差が激しいのだろう。大きなトランクを抱えた旅行者が世界中から押し寄せるというのに。重いトランクとともに四苦八苦しながら鉄道に乗り込んで、指定席につく。

時間通りに列車が出発し、ふうと一息ついていると、私の席と向かい合わせになっている空席に、アジア系の若い女性が座った。ちょっとしたことをきっかけに会話が始まり、彼女は韓国人で、結婚してこちらに住んでいるということがわかった。ローマに住み始めて7年になるという。最初はまったく話せなかったイタリア語も今では話せるようになって、ガイドの資格のようなものを取るために週1でフィレンツェの学校に通っているそうだ。

ローマはどうだったかと聞かれたので、「ローマの人ってもっと陽気なイメージを持っていたんだけど、観光をしている限りでは皆ドライだった。観光客にうんざりしている感じなのかしら」と答えると、彼女は笑って言った。

「観光地には本当のローマ人はいないもの。本当のローマ人は、親切な人が多いわよ。私もイタリア語が話せるようになってみたら、それがよく分かった」

なるほど、そうだろうなと思った。私が見たのはローマの観光地の、それも一部でしかない。それは心しておくべきだ。

お近づきのしるしに、日本から持ってきた抹茶味のキットカットをあげたら、彼女はとても喜んでくれた。


ローマを発って約1時間40分。あっという間にフィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェラ駅に到着した。彼女はオススメのジェラート店を教えてくれただけでなく、私の荷物を考慮して少し遠回りしたり、石畳を避けたりしたりしながら、なんと宿泊先まで連れていってくれた。「じゃあ楽しんでね、よい旅を!」と笑顔で去って行った彼女は、まるで天使のようだった。

後日、「あのキットカット、ダンナさんに半分残しておこうと思ったけど、美味しかったから、全部食べちゃった」と連絡をくれた。出会いは、旅の醍醐味だ。

ラテはラテ

1e5368f44be572ce2d927928377314a4_s2泊する宿でチェックインしたあと、共用スペースにあるコーヒーの自動販売機の使い方を教わった。コーヒーといえば、こちらではスターバックスを見かけない。さすが独特のコーヒー文化が根付くイタリア。オーストラリアと同様、イタリアもスターバックスの進出がかなわなかった国なのだ。でも、エスプレッソは私には強すぎる。それに、エスプレッソを出されるたび、ちっちゃ!と思ってしまう。まあ、この国ではカフェに長居することはあまりなくて、コーヒーはちゃちゃっと飲むものらしいし、理にかなっているのだろう。でも、私はラテが飲みたい。販売機にラテの表記があったので、おおっ!と小躍りし、コインを入れてボタンを押す。しかしまたもや出てきたコップがちっちゃ!しかも、泡だったミルクしか入っていない。なんだよ〜、故障かよ〜、とがっかりした矢先、はっと気づいた。ラテって、牛乳のことだ。日本だと、もはやラテ=カフェ・ラテだけど、ここではラテ=牛乳なのだ。60セントを払って、私は「なるほど」な体験をした。 

デービッドの秘密

ダビデひと息ついたあと、アカデミア美術館へ向かう。目的はただ1つ、ミケランジェロのダビデ像である。もちろん、他にも多くの作品が展示されているが、ダビデ像はその知名度において圧倒的で、ほとんどの人がそれを見るために訪れるようだ。

ヴィーナス1つ、私の目をひいた作品があった。妖艶な雰囲気漂う「キューピッドとヴィーナス」の絵だ。キューピッドの足の位置だとか、ふたりの表情や姿勢、仮面など、パーツを考慮すると意味深なのだけれども、あまりのヴィーナスの体格のよさに目が丸くなった。筋肉質だし。美の象徴であるヴィーナスのお腹の肉に励まされるような気がしたが、いや甘えてはいかん!と首を振る。あ〜、それにしても太っているほうが美人みたいなことにならないかなあ、日本も。そしたら、中年ならではのたるみが、若い女には到底だせない魅力、ってことになるかもしれないのにさあ。

さて、何はともあれ、ダビデだ、デービッドだ! 英語読みすると、ダビデはデービッドである。デービッドと呼ぶと、とたんに親近感がわく。

ダビデ上半身ダビデは、若くて美しい。大きな台座の上に立つ5メートルの存在感は、圧倒的だった。ゴリアテとの闘いを前に、険しい顔をしている。怒れる全裸の男なのだ。均整のとれた体にスベスベの白い肌。「◯◯とダビデは白いほうがいい」なんて諺がないのが不思議なくらいだ。

ダビデ像は何の支えもなしにそれだけで立っている。しかしヴェッキオ宮殿前のレプリカは同じように作られたはずなのに、それだけで立つことができなかったらしい。そのため、支えの棒が入れられているということだった。さすが、ミケランジェロ、バランス感覚が抜群なんだなあ。そんな作品を弱冠26歳で作ったというんだから腹が立つ。


実物を見られてよかった。ダビデ像はあまりにも有名だから、実物でなくともこの像の写真を見たことのある人は多いはずだ。そして、均整のとれた体の割に、アレ、小さくないか?と感じた人は少なくないと思う。いや、思うでしょ。でも、だからと言って人には聞けない、みたいな。ならば、お答えしよう。古代ギリシャやローマでは、小さいのが美しく、知性と見識の証と考えられていた、からなんだそうな。平安時代の美人画を見て「あたし、平安時代だったらモテてたと思う」とのたまう女子はあとをたたないが、美しさの価値観というのは変遷するものなのだなあ。

また、実在したダビデは古代イスラエルの王であり、当時イスラエルでは割礼を受けるのが普通だったらしいが、ダビデ像はいわゆる包茎である。古代ギリシャには、割礼していないほうが美しいという美的価値観があった。古代ギリシャの芸術に傾倒していたミケランジェロが、それに基づいて表現したからだと言われている。

 ダビデの目ある時、飲んでいる最中にイタリア行きの話になって、このトリビアを披露したところ、「何言ってんだよ、あれは生理現象だ。モデルの男が、素っ裸で立たされて寒かっただけだ。男なら誰でもああなる!」と、その場にいた男性陣に一蹴された。当然のことながら、私には検証ができない。でも、そう言われて見てみれば、乳首も妙に大きく、立っているような……。寒さのせいなのか? 果たして真相は薮の中である。

とにもかくにも、ドーム状の空間にそびえ立つ、ダイナミックなダビデ像を目の当たりにして、私は満足した。ヴェッキオ宮殿の前にあるレプリカはピンとこなかったけれど、本物はやっぱりよかった。

見終わって売店でうろちょろしていたら、ダビデの顔がアップになったポストカードを見つけた。そして気づいた。瞳がハートの形をしている! 文字通り、「目がハート」だ。彼の秘密を知ってしまったような気持ちになった。 

デービッドったら、恋をしているの?

彼は、怒れる全裸の男ではなく、恋する全裸の男なのかもしれない。

♪あはは、あははは〜

♪あはは、あははは〜

 

 

 

 

ローマ見物記 4

サン・ピエトロ大聖堂のクーポラ頂上


大聖堂
ローマ観光3日目。だいぶ歩き回っているので疲労が日増しに募ってくるが、翌日はフィレンツェに移動なので、ちょっとがんばって早起きしてヴァチカンに行くことにした。サン・ピエトロ大聖堂のクーポラに上るのが目的である。高いところがあると上りたくなる質なのだ。実は初日のツアーでヴァチカンには足を踏み入れたものの大聖堂の中には入らなかった。午後2時頃には大聖堂に入場を待つ人々が長蛇の列をなしていて、恐らく2時間待ちぐらいじゃないかということだった。さすがカトリックの総本山である。世界に信者が11億人ともいわれているから、このヴァチカンの持つ威力というのはハンパではない。現法皇は人気が高いらしく、法皇グッズもアイドル並みに充実していた。土産店ではかわいいロザリオなんかも売られていた。ロザリオの名称はもともとバラでつくられていたことに由来するらしい。
でも勢いに乗って買ったところで、持て余すのは目に見えている。土産に買っていったところで、もらった人のリアクションは想像がつく。そんなわけで、ヴァチカンの土産店では私の購買意欲はまったく刺激されなかった。

クーポラさて、3日目にサン・ピエトロ大聖堂に到着したのは朝の8時を回った頃。人はまばらで、荷物チェックを受けてすぐにクーポラへ向かうことができた。551段の階段をすべて上って行く場合は5ユーロ、途中までエレベーターで上がり、残り320段を上る場合は7ユーロかかる。私はもちろん、551段の方をチョイス。そしたら、後ろに並んでいた男の人に「全部上るの!?」と驚かれた。オフコース、もちろんよとばかりに余裕の笑みを浮かべたが、もう私も40。当然のこと、途中から生まれたてのコジカのようにプルプルしだしたのは言うまでもない。でも、プルプルしながら眺めた景色はちゃんと充足感をもたらしてくれたのだった。

クーポラ頂上

疲労に疲労を重ねたせいか、その後、大聖堂の中に入ってみたけれど、ミケランジェロのピエタ像も遠くて肉眼ではよく分からなかったし、ただただその金ぴか具合に、ヴァチカンは金持ちだなあという印象しか残っていない。前日にネットで予約していたヴァチカン美術館の入場時間が迫っていたので先を急ぐ。

ヴァチカン美術館にて

久しぶりだね、ワトソン君。

久しぶりだね、ワトソン君。なんちゃって。

とにかくわんさか人がいた。予約しておいたおかげですんなりと入場できたのはラッキーだった。サン・ピエトロ大聖堂しかり、ヴァチカン美術館しかり、あまりにも規模が大きいので、今思い返してみても、大きな建物を前にして、目の前の壁しか見えていなかったような感覚である。疲れていたせいもあると思うけど。

ヴァチカン美術館ではフラッシュなしで写真撮影OKというところが多い。撮影禁止されているところもあるのだけれど、私はかのミケランジェロの天井画で有名なシスティーナ礼拝堂に入ったとき、その指示に気づかず、カメラを向けてしまった。そうしたら大声で監視員のおじさんに注意されたものだからビビった。なんていうか、その物の言い方と、私がすみませんと言ってカメラをしまったときのおじさんの満足そうな顔に胸がざわざわ、もやもやした。なんか意地悪だなあと思った。勝手にヴァチカンの威厳を背負っちゃっているみたいな感じだ。まあ、悪いのは指示に気づかなかった私なんだけど。そんなわけで、居心地悪さを感じつつ「トリックアートみたいだなあ」と思いながら天井を眺めていた。礼拝堂には大勢の人がいて、ざわめいていた。すると突然、天の声が礼拝堂内に轟いた。

「SILENCE!(静粛に)」

ひ〜っ。なんかすごい抑圧感。こういうの私、ダメだ。怖いよう、おかあさ〜んてな心持ちになって、迷える子羊の私はそそくさと礼拝堂をあとにした。見たかったラオコーン像も見たのだけれど、その感動よりもこの出来事のほうが印象に残っている。

ラオコーン
私にとっては意外なことに、マティスやダリやシャガールの作品もあった。しかし、見ている人もあまりいなかった。グループを引き連れたツアーガイドが、「こちらにはシャガールもありま〜す」と手で方向を示しただけですごい勢いでスルーして通り過ぎた。さすがのミケランジェロやラファエロなどに比べたら、彼らも若輩者的な扱いなのかしらと思った。個人的には、ボテロの絵を発見できたのがうれしかった。ほのぼのした緑と太っちょの司祭と牛が心を和ませてくれた。
ボテロ

さらば、ローマ

観光3日目は早々に切り上げ、B&Bで体を休めることにした。この3日間というものかなり歩きまわった。観光にもなかなか体力がいる。そんなこんなで夜遊びすることもないままローマ最後の夜は更け、朝を迎えた。朝食をすませてから少し時間があったので、近くのサンタ・マリア・イン・コスメディン教会まで散歩に出かけた。ここには『ローマの休日』で有名な真実の口がある。

かもめ途中、女性警官に道をたずねた。「教会に行き…」とこちらが話し終わらないうちに、無愛想にある方向を指さしただけであとはスルー。勝手にイタリア人には陽気なイメージを持っていたけど、私が目にした人たちはそんなイメージとはかけ離れ、押し寄せる観光客にうんざりしているような印象を受けた。警官である彼女がくわえていた煙草の吸い殻を道にポイ捨てするのをみて、そりゃあこの街に吸い殻が散乱しているのも当然だろうと思った。そういう適当さがローマのいいところよ、とローマに暮らす人は言っていたけれど。

かもめ2突然、「キャーッ」という女性の悲鳴が聞こえてそちらに目をやると、どこから出てきたのか、どでかいドブネズミが行き場を見失ってうろちょろしていた。どうするんだろう、と思って見ていると、空からカモメが降下してきてネズミを襲った。あっ、さらわれると思った瞬間、ネズミは抵抗して逃れたけれど、しばらくの間、一匹と一羽の攻防は続いた。ネズミは建物と建物の間に生い茂る草むらを見つけて飛び込み、姿を消した。カモメは口惜しそうに草むらを見つめていたが、やがて飛び去った。私はイソップ物語の『町のねずみと田舎のねずみ』を思い出して、ローマの街で生きるネズミもなかなか大変そうだ、と思った。

真実の口真実の口は地味に道路沿いにあった。9時半のオープン前に到着したので鉄格子が降りていて辺りには誰もいなかった。この調子なら並ばなくても大丈夫そうかなあなんて思って少し離れて戻ったら、あっという間に韓国人ツアー客が押し寄せ行列ができていた。でも回転は早かったのでここは記念写真を撮っておくべきだろうと、後ろにならんでいる人に頼んで真実の口に手を入れているところを撮ってもらった。噛まれなくてよかった。

さて、これでローマ観光は終わりだ。あとはチェックアウトするばかりと宿へ向かったが、さすがは方向音痴の私。道に迷ってしまった。すべての道はローマに通ずるという。しかし、そのローマで道に迷ったらどうしたらいいのだ? そんな不安に駆られながらさまよったあげく、やっと見慣れた道に出ることができたときはほっとした。しかし、それも束の間、宿に戻ったら宿主が留守だった。しばらく待ったが戻ってこない。出発の時間は伝えていたのに、そんなことおかまいなしなんだろうか。いよいよ出発しないとまずい時間になって、しかたなく宿代とテーブルにメモを置いて宿をあとにした。トラブルになりたくないので、Booking.comに電話して事の次第を告げる。しかし、なんでこっちがこんなことせにゃあかんのだと思いながら。迫り来る電車の時間に焦りながらタクシーを拾い、テルミニ駅へと向かう。道は混んでいた。なにしろ、その日はストライキでバスと地下鉄がストップしていたのだ。ようやくたどり着いた駅前では、スーツケースを持った人たちが、いつも以上に長い長いタクシー待ちの行列を作っていた。この時期は観光のハイシーズンのはず。そんなときにどうしてストライキをするのだろうと不思議がったら、そんなことローマ人はおかまいなしなんだよ、と誰かが言った。Why Roman people?! なぜなんだ〜、ローマ人?!。そんな思いとともに、私はローマをあとにした。

おわり

次はフィレンツェ編。

 

ローマ見物記 3

バルベリーニ広場にて


バルベリーニ広場2イタリアに来る前はビビっていたが、地下鉄も乗ってみればなんてこともない。よゆうのよしこちゃんである。まあ、ホームも暗いし決してきれいとは言えないけど。そんなわけで、マッシモ宮を出たあと、地下鉄に乗ってバルベリーニ広場にやってきた。ここは小さく地味な広場ではあるがアンデルセンの『即興詩人』で有名なところだ。

『即興詩人』は、アンデルセンがイタリア旅行したときの体験を元にした自伝的小説だ。森鴎外による日本語訳はその原作をしのぐとも言われて名高い。その冒頭にバルベリーニ広場が登場する。

羅馬(ロオマ)に往きしことある人はピアツツア・バルベリイニを知りたるべし。ここは貝殻持てるトリイトンの神の像に造り做したる、美しき噴井ある、大なる廣こうぢの名なり。貝殻よりは水湧き出でてその高さ數尺に及べり。

なんといっても文語なのでハードルが高く、まずは安野光雄の口語訳で読んだ。ラストシーンは泣いた。半身浴しながら読んでいたから、風呂場で泣いた。

バルベリーニ広場に道路を挟んで面しているオープンカフェでランチをとることにした。トリトンが水を吹き上げているのを眺めつつ、しばしアンデルセンに思いを馳せる。

学生の頃にデンマークのオーデンセという街を訪れたとき、アンデルセン博物館に立ち寄ったことがある。そこで『みにくいアヒルの子』を書いたアンデルセンがルックスにコンプレックスを持っていたこと、人付きあいが苦手で孤独だったこと、ずっとひとりの女性に恋い焦がれ、その恋に破れて『人魚姫』を書いたことを知った。アンデルセンが描いたという、王子とその結婚相手を陰から見つめる人魚姫があまりにもブサイクだったことに、体を折るほど笑いがこみあげ、ひとりバカウケしたこともいい思い出である。

ピザそれ以来、アンデルセンをいっそう好きになったように思う。こじれている感がなんとも言えない。自分を投影して書いただろう『即興詩人』の主人公アントニオも、ピュアゆえにこじらせ、こじらせてもピュアなのである。そして、そんなアンデルセンが好きな私も、こじらせてるんだろうな〜と思った。中尾彬のねじねじくらいに。いや、あれはねじれているのであって、こじれているのではない。私のこじらせ具合にあのねじねじのような規則性はみられない。もつれちゃって、こじれているんだから、もうそれはカオスなんである。それにしても注文をなかなかとりにきてくれない。

ようやく運ばれてきたビールを飲み、まずくもないがまあまあなレベルのズッキーニピザにかじりついてひと息つき、ひっきりなしにすごい勢いで通り過ぎていく車やバイクを見ながら、それにしても風情がないなあ、と思った。こんな観光客が多そうなカフェに入ってしまったせいもあるのかもしれないが、何となくそう思ったのだ。私が見た限り、ローマの街はクリーンではなかった。煙草の吸い殻がいたるところに捨ててあったり、ゴミが散らばっていたりして残念だった。来たる2020年の東京オリンピックの年は、これまで以上に海外からの観光客が増えるだろうが、日本は風情を忘れたくないなあと思った。

骸骨寺ショック

撮影禁止だったため、イメージでお楽しみください(笑)

撮影禁止だったため、イメージでお楽しみください(笑)

地図を眺めていて、バルベリーニ広場から歩いてすぐのところに、骸骨寺として知られるサンタ・マリア・デッラ・コンチェツィオーネ教会があることに気づいた。ここの地下納骨堂にはカプチン派の修道士4000体の骸骨が眠る。(ちなみに、カプチーノのネーミングはカプチン派の修道士の衣の色に由来するという説がある。)

ミイラ好きの私としては「骸骨寺」というネーミングだけで好奇心にかられ、立ち寄ってみることにした。建物は新しいのかとてもきれいだった。8ユーロのチケットを買って中に入ると、そこには宗教画や修道士の道具などが展示されていた。

その先に地下納骨堂はあった。足を踏み入れたとたん、ひんやりとした空気がまとわりつく。地下だからだろうかと思った瞬間、天井から垂れているシャンデリアが人間の骨でできているのに気づき、あっけにとられる。そして気づいた。壁の花飾りのように見られる装飾も、背骨でできていることに。右手を見やるとその部屋にはひしめくほどに人骨が積み重ねられ、装飾されていた。こういった部屋が5つ並んでいて、どれもすべて人骨を用いた様々な装飾が施されている。大腿骨の山と山の間にサンドイッチされて並べられている頭蓋骨の数々など、とにかく、骨、骨、骨である。所々にはミイラ化した修道士の遺体が眠る。

死神を模して天井に貼付けられた小柄なガイコツは「バルベリーニのプリンセス」と呼ばれている。パーツをバラバラにせず一体丸ごと装飾に使われているなんて、スター級の扱いだなあと思う。死神らしく鎌を持っているが、その鎌までも人骨のパーツを組み合わせて作られている。しつこいようだが、すべて骨である。ほんとうにその徹底ぶりはすごい。

キリスト教の死生観や遺骨に対する考え方は日本のそれとは大きく違う。この地下納骨堂のあり方は、彼らもかつて私たちのように生きていたのであり、私たちもやがては彼らのような姿になる、というある意味ポジティブな考えに基づいているようだ。

足を踏み入れた瞬間は、そのインパクトに「すっごーい!」と興奮していたのだが、少しずつ自分の反応が異なっていくのが分かった。

ふと、このあり方には故人の意思が反映されているのだろうかと疑問がわいた。というのも、ノイズが聞こえてきたような気がしたからである。

少し前に福島県に帰省したとき、浅川町にある貫秀寺という寺院を訪れた。ここには流行病、悪病で苦しむ人々を救済するため入定した宥貞法印の即身仏が祀られている。木の実などを食べて体の脂肪分や水分を抜いていき、うるしを飲むなどして自らの体をミイラ化するようにもっていくという点において、即身仏は特異な存在である。動機は様々だといわれているが、いずれにせよ即身仏の姿は本人の意思に基づいて成されたものである。衣服を着せられ公開されているという点は別にしても。私がこれまでいくつかの即身仏と対面して感じたのは、その確固たる意思のようなものの揺らぎなさと静けさである。(貫秀寺について→http://www.tsutaeru-fukushima.jp/?p=7792)

126900けれども、目の前の人骨の装飾を見ていると、そこには第三者の価値観だとか意向が大きく反映しているような気がした。ノイズは徐々に大きくなる。と言っても、実際に音が聞こえたわけではなく感覚的なものだ。なんて言うんだろう、たくさんの人が一斉に声にならない声を発している感じ。雑多な波長が入り乱れている感じというのだろうか、周波数の合わないラジオから流れてくる雑音のようなものが耳に届いたような感覚がした。そして、最後の部屋にたどり着くころには頭が重く、息苦しくなっていることに気づいた。私に霊感なんてものはまったくないが、ここヤバいかも!?という思いで骸骨寺をあとにした。

地下鉄で移動してスペイン階段へと向かい、太陽のもとで重苦しさを振り払おうとしたが、しばしの間、ゾゾ〜ッという感じとともに重苦しさはまとわりついていたのであった。

あとでネットで調べてみたら(写真はググれば見られますので興味のある方はどうぞ)、骸骨寺についての感想が人によってさまざまでおもしろいなあと思った。「神聖な空間だった」とか「やさしさを感じた」とかポジティブなのも多くて、マジですか!?と思った。私ははっきりいって、あそこはヤバいと思う。ヤバいといってもEXILEが使うようなヤバいではなく、出川哲朗的な意味でのヤバい、という意味である。

ジェラートせっかくスペイン階段にきたし、ここはジェラートだろうと思って、込み合う店でジェラートを買ってみる。シングルが6ユーロって、日本円でいったら800円ほどだ。高い…。どんだけ高級なジェラートなんだと一口食べてその強烈な甘さに閉口する。甘さしか感じない。はっきりいっておいしくない。少しへこみながら、歩いてナヴォーナ広場へと向かう。とんだローマの休日である。

ナヴォーナ広場は観光客で賑わっていた。大道芸人もあちらこちらにいて、陽気な雰囲気に満ちていた。太陽照りつつける喧騒のなかで、ようやく骸骨寺ショックは和らいでいった。

それにしても、どんなトリックなんだろう?

大道芸人2大道芸人

次回はいよいよヴァチカンへ。

つづく。

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