4月2015

婚活パーティーという名の戦場で

 118317「今年こそは結婚する!」と新年早々、3人くらいに宣言された。そしてその中のひとりが本格的に婚活なるものをスタートさせた。私はエールを送るとともにその報告を逐一楽しみにしている。が、やはり婚活なるもの、一筋縄ではいかないようだ。

 先日彼女がお見合いした人は、とにかく人見知りで口ベタだったらしい。相手がずーっと黙っているので、しびれを切らして彼女が話題を振り、趣味を尋ねたところ、相手はしばし間をおいたあと、「…も」と言ったらしい。「…も?」と彼女が聞き返すと、相手は再びの沈黙のあと「も、です」と言った。「も」というのは藻のことらしかった。それで、「マリモとかお好きなんですか?」と聞くと、「…い、いえ」と否定し、「コ、コケを見るのが好きです」と答えたのだそうだ。藻は藻でもなぜマリモは好きではないのか、コケに精通しているんだろうかという好奇心が湧いてくるが、当事者だとそうはいかないらしい。「いくらおしゃべりな私でも時間がもたなくて、早々に切り上げちゃったわよ」と彼女はため息をついた。 

 少し前のことになるが、「婚活パーティー」に紛れ込んでしまったことがある。

 ある時、知人の方からいろいろな人が集まるパーティーがあるから行ってみたらと声をかけていただいた。交友関係も狭まってきてるかなと思っていることもあったし、何より気にかけてもらったことが嬉しくて参加を決めた。勝手に立食パーティー形式の異業種交流会のようなものだと思い込んでいたので、日時と場所だけ確認し、パーティー内容の詳細にはろくに目を通していなかった。

 当日、会場に行ってビックリ。席が男女交互に指定されていて、全体の雰囲気からガチの婚活パーティーだと一瞬で理解した。ああ、そういえば交流会は独身男女に限れられていたような…と思い出しつつ、まあこれも何かの縁かもしれないし、楽しめばいいやくらいな感じで席に着く。

 パーティーがスタートするまで間があった。手持ち無沙汰なので、隣の男性に何度か話を振ってみるが、基本的に一問一答のやりとりになってしまい、相手の緊張感がひしひしと伝わってくるばかりでまったく広がらない。会話は言葉のキャッチボールと言うが、キャッチボールにはほど遠く、投球練習をしているかのようで自分のトーク力のなさを痛感する。早くも帰りたい…。

 私の向かいの女性も片側の男性には同じように苦戦していた。しかし、もう片側の男性はそこまで人見知りでもないようで、彼は話をしつつ私のコップにもお茶を注いでくれた。ところが、酒を飲むか聞かれて、「お酒は好きですねえ。結構飲みますよ」と言ったあと、彼からは完全にスルーされ、目も合わせてもらえないようになった。相手は飲めないと言っていたから、ターゲットから外されたということなのだろう。あからさまで分かりやすい…。

 さて司会の人が登場し、パーティーが始まった。物腰柔らかな司会者は笑顔で問いかけた。「みなさ〜ん、結婚したいですよね〜!」会場がちょっとした熱気に包まれた。もし「ニューヨークへ行きたいか〜!」と聞かれていたら、私は迷うことなく、おーっ!とこぶしを掲げ叫んでいたことだろう。しかし、その問いに私は固まってしまった。それは自分でもちょっとショックだった。その余韻は、後々にわたって自問自答という形でボディブローのようにじわじわと効いてくるのだった。

 bruce-lee_fさて、パーティーでは、司会者の方から結婚のなんたるかについて、そして結婚に結びつく考え方についてレクチャーを受けた。早急に判断せず相手のよいところを見つけるようにして可能性を広げるとか、減点法ではなく加点法で相手を見るとか。おっしゃることはごもっともで、なんだかすみません…という劣等生のような心持ちになったところで、交流タイムと相成った。質問シートをもとにできるだけ多くの異性と話をしましょうというのが目的である。

 まるで丸腰で戦場に放たれたような気分だった。ここは落ち着こう、と私は自分に言い聞かせた。そして、かのブルース・リーの言葉を思い出した。“Don’t think. Feel!”(考えるな、感じろ)である。アチョー! 

 かくして、私は闘いの場へと繰り出した。

 できるだけ多くの人と話すというノルマみたいなものがあるせいだろうか。話している途中に相手の目が泳ぐことがある。次に誰と話そうか目星をつけているのがミエミエで、会話に集中していないのが分かる。これは気持ちのいいものではなかった。そもそも失礼である。改めて、婚活は「選ぶ、選ばれる」という世界なのだと思う。

 142412結婚相手との出会いというのは、たまたま1つのりんごを見つけました、みたいなことだと思うのだ。でも、婚活で相手を見つけようというのは、りんごがたくさんあるところに赴いて、選定するようなものだ。そりゃあ、何の思い入れもないたくさんのりんごから自分にとっての1つを選ぶとなったら、やれ紅玉がいいとか、シナノゴールドがいいだとか、色、形、種類、新鮮さが気になってしまうというのが人情というものであろう。そして、それは相手にとっても同じことだ。けれどもひょっとして自分は梨なんじゃ…と思い始めている私には、そんなたくさんのりんごの中から選ばれる自信なんてこれっぽっちもない。そのことで心が折れるのも勘弁だ。それが婚活しなくなった1つの理由でもある。ただでさえアラフォー独身への風当たりは強いんだから。いや、そんなことじゃだめだというお叱りの声があるのもごもっともだし、実際にそう言われたこともある。でもねえ、その気になれないものは仕方がないじゃないの。将来、それで後悔することになったとしてもやむを得ない。今の自分を呪って余生を過ごすよりあるまい・・・。

 それでも何人かと話したあと、ふと回りを見ると、数人の男性の前に女性の行列ができていた。彼らは超人気のたこ焼き屋でもないしラーメン屋でもない。絶世の美男というわけでもない。彼らの前に行列が出来ているのは、そもそも参加者の男女比が均等ではなく、女性の数が圧倒的に多いからだった。これは今の婚活社会の縮図なのかしら・・・と思ったらやりきれない気分になって、その光景に引いてしまった。

 女性の多くが狙っているんだろうなあと思えるイケメン風の男性が2〜3人ほどいたのだが、パーティーの時間も残り少なくなってきた頃、私はたまたまその中の1人と話していた。特に盛り上がっていたわけではないが話をしている最中に、突然「お願いします!」と1人の女性がその男性の前にやってきて質問シートを差し出した。これにはびっくりした。さすがに相手の男性も引いたようで「今、お話しているので…」と断ったが、彼女は「お願いします!」と言ってあきらめない。そして私のほうは見ようともしない。やはりここは戦場。同性側から意外な刺客が現われた。私は話を遮られるのが嫌いなので、彼女の行為にはムカッとした。言葉にはしなかったが、「まだ話してんでしょうがあ!」と、あの有名な『北の国から』のラーメン屋のシーンでの五郎のごとく腹を立てた。とはいえ、このガツガツ感は見上げたものだと思った。 やっぱりこのぐらいじゃなきゃ、だめなんだろうか。私は話を切り上げ、どうぞどうぞと彼女に席をゆずった。

 ninjaというわけで、残念ながら雑念の多い私はブルース・リーにはなれなかった。

 婚活パーティーという戦場で闘うには、私には戦闘スキルが欠けている。何より、気持ちが負けている。まだまだ修行が足りないようである。

 居たたまれず、私は唯一マスターしている忍術を使ってドロンしたのだった。

 

 追伸:まったくの余談であるが、私のなかでは1ニンが伊東四朗で、2ニンが忍者である。ニン、ニンニン。

 

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サラリーマンはつらいよ

先日の朝のことである。期間限定のサイトでの村上春樹と読者とのやり取りを読みながら電車に揺られていると、渋谷駅に着いたところでたくさんの人が降り、これまたたくさんの人たちが乗り込んできた。

その中の誰かが一旦空いた私の隣の席に座った。スーツを来たサラリーマンのようだった。電車が走り出したところで、その男性が彼の前に立っていた人に言った。

「前から思ってたんだけど、お前さあ、俺の前に立ってても座れないよ!?」

それが鼻持ちならない言い方だったのもあり、ちょっと驚いた私は顔を上げた。言葉が向けられた相手は、隣のサラリーマンの部下らしい若者だった。20代半ばくらいではないかと思う。 彼は、上司の言葉に「えっ?」と言葉を詰まらせ、目を泳がせた。その反応を見て、そりゃ、そうなるよねと思った。

ちらりと隣の男性を見129359やると、俳優の生瀬勝久が演じるようなイヤな上司の雰囲気をかもしだしていた。歳は40前半くらいで、私とそれほど変わらないだろうけど、友だちにはなれなさそうなタイプだなと思った。

俺の前に立ってても座れないよって、そんなこと部下だって分かっているだろう。行き先は一緒なんだから。上司が空いた席に座ったから、同行した部下はその前に立ったまでで、移動しながらも話をできると考えてのことだろう。それは、私にはごく自然な行為に思えた。 

部下は予想していなかった上司の言葉の意味を必死で考えたのだろう。ほんのわずかな間だったけれど、「空気を読む」という行為を目の前で見せられたかのようだった。彼は少しどもりながら「あっ、じ、じゃあ、自分はちょっと行き先を確認してきます」と、わけのわからないことを言い、左のほうを指した。

「ふんっ、ご自由にどうぞ」と上司は言った。(今、鼻鳴らしました!?と心の中で突っ込む私。)

そこに立っても意味はないんだから状況を読めよというような、人を小バカにした言い方が再び鼻について、イラッとした。(もっと言い方があるだろうに、嫌味だな。ってもしやお前はイヤミか?シェーッ!と心の中で毒づく私。)

この状況に何ら無関係の私だが、部下の気遣いを考えもしない無神経な上司になんだか腹が立ち、これまた何の関係もない生瀬さんを嫌いになりそうになった。と同時に、部下の青年に同情した。これから二人で営業先へ挨拶にでも行くのだろうか。少なくともしばらくの間、この上司と行動を共にしなければならないことを自分の身に置き換えてシミュレーションしてみたら、気持ちがどよんと重くなった。

いやでも、決めつけるのはよくない。ただ口ベタな上司なのかもしれない、そこには何か彼なりの思惑があるのかもとも一応は考えてみたが、部下が目の前からいなくなるや否や取り出したスマホでゲームに興じだしたのからして、残念ながら何もなさそうだった。ただゲームがやりたかったのか。もちろん実際には音などしなかったけれど、彼が必死でカラフルな絵柄を並べては画面上から消すたび、私の頭の中で“ボッカーン!”という爆発音が鳴り響いた。

会社の最寄り駅に電車が到着したので席を立つと、ドア付近に寄りかかり遠くを見ている部下の青年が目に入った。彼の目がうつろなのは、降り続いている雨のせいばかりではないだろうと思った。

「社会っていうのは、理不尽なんだよ」と、就職を前にして、高校時代の同級生から説教された時の言葉が頭をよぎった。

「頑張れ、青年」と心の中でエールを送り、私は電車を降りた。そして、「お前もな」と自分に突っ込む。
頑張らなきゃならないのは私も同じだ。

人と関わりながら仕事をしていくということは、時になかなか大変なことである。

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メダカのいる生活 その後

  034104s私のメダカとの生活は続いているが、前回書いて以来、いろいろと変化があった。年末に台湾旅行から帰ってきた翌日、親のメスがあっけなく死んでしまった。なんだか元気がないなあとは思っていたが、台北の夜市で買った水槽用オーナメントを入れたのが悪かったのだろうか。貝の形をしたメルヘンな家にメダカが出入りしたらすてきだと思ったのだが、今のところメダカがそこに入っているのは見たことがない。 

 水槽に親メダカ1匹になってしまったので、大きくなってきた4匹のチビたちを入れてやった。でもその数日後、一番小さかったメダカが死んでしまった。あれ、いないぞと思って水槽を探してみると、ミナミヌマエビが何かを抱えていた。それは中身が亡くなって白い薄皮だけになったチビメダカだった。ひいっ。ちょっとしたホラーだった。小さ過ぎてエビに捕獲されてしまったのか、何かの拍子で死んでしまったのをエビが捕まえただけなのか分からないが、エビを問いつめるわけにもいかない。問いつめたところでどうにもならない。そうして一番小さいメダカはいなくなった。

 そんなことが続いて少しばかりメダカへの関心が薄れてしまったのか、しばらくの間、私は水を濾過するフィルターの吸盤がはがれて斜めになってもそのままにして放っておいた。もちろん、エサはやるけれども。 

 でもある日、飼っているからには責任を持たねばならぬと自分を奮い立たせて、久々に親のオスとちびメダカたちが3匹泳いでいる水槽の水換えをすることにした。水槽を洗面台近くに移動させ、中の水を半分くらい入れ替えするつもりだった。大きなスポイトを使って水を吸い取り排水口に捨てるという動作を私はリズムよく機械的に繰り返していた。何度目かでスポイトを排水口に近づけた時、スポイトの先でキラリと何かが光った。それがパタパタと動くメダカだと分かったのとスポイトのヘッドを握って圧力をかけたのが同時だった。水が放出され、飛び出たメダカが排水口のふちで尾ヒレをパタつかせたかと思うと、一瞬で消えた。すべては、文字通り私が「あっ」と言う間だった。

 ショック状態のまま水換えを終えて水槽の中を見ると、残っているのは親のオスと1匹のチビだけだった。1匹足りない…。排水口に流してしまったメダカは1匹のはずだ。でもなぜか足りなかった…。

 この話をした人のうち、2人が「きっと生きてるよ!」と言い、1人が「いなくなった1匹は仲間を助けようと自分から排水口へ飛び込んでいったんじゃない?ファインディング・ニモ的な感じで」と言ってなぐさめてくれた。自分を責めつつ、そんなわけないじゃん、と反論すると、みんな「だよね〜」と言って苦笑いするのだった。

 水槽を泳ぐのは親のオスと1匹のチビの2匹だけになってしまった。罪悪感からか、家族を失った父と子みたいで私の目にはひどくさびしく見えた。

 私はその時とても疲れていて、ストレスを抱えていた。よく女性はショッピングでストレス解消するというが、その時私がショッピングしたのはメダカだった。夜中に通販サイトを眺めていて、ポチッポチッとボタンを押してしまった。2回も。そして一度は同じサイトで売られていた青いエビに魅了され、それも買ってしまった。

 前回同様、酸素でパンパンになったビニールの袋につめられて3匹の出目だかと3匹の青いエビが届いた。さらに数日後、おまけのメダカも含めて4匹の半だるま出目だかが届いた。まだ小さいですが5月くらいになれば卵を産むと思います、とメッセージがついていた。

clipart0052-2 かくして、我が家の水槽の中は賑わいを見せることとなった。(ああ、でも青いエビは間もなく1匹死んでしまった)水槽の底に沈んだエサをメダカたちが垂直に逆立ちするようにして一斉にむさぼる姿はなかなか面白い。

 ところがまだ3月だというのに、突如としてメスが一斉に卵を産み始めたのでびっくりした。まだまだ子どもだと思っていたので、んまあ、ハレンチなという気になった。お母さんはそんな風に育てた覚えはありませんよってな心持ちだが、向こうにすれば、何言ってやがんだ、たまにエサを忘れるくせにさってなものかもしれない。いや、そんなこと何にも考えてないだろうけど。考えずに、メスは毎日ただひたすら卵を産む。

 暇があればメダカの水槽を眺めているが、私はことのほか青いエビが気に入っている。2センチほどの透き通ったサファイアブルーのような色をしたエビは泳ぐのが得意らしく、気が向くと水槽の中を無数の足を動かして泳ぎ回っている。姿を見かけないなあと思うと、メルヘンの家でくつろいでいたりする。 

 ところが、青いエビの1匹がある日こつ然と姿を消した。誓って言うが、排水口には流していない。もし死んでしまったのなら死骸が見つかるはずだが、それもない。メダカや他のエビが食べてしまったにしろ、頻繁にのぞいている水槽で残骸も残らないとは考えづらい。こんな小さな水槽で行方不明とはミステリーとしか思えず、私は首を傾げるばかりである。

 果たして青いエビはどこに行ってしまったのだろう? こんな小さな水槽はイヤだと、大きな世界を求めて旅に出たとかならいいんだけれど。

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