10月2014

ワタシハタニシ

突然ながら、心理テストです。

サル、イヌ、キジをお供に鬼退治をした桃太郎。しかし、その2頭と1羽以外にもお供を希望したものの断られた生き物がいました。

cornen1.その生き物とは?
2.断られた理由は?
3.桃太郎には分からなかったが、その生き物は実は○○である。

さあ、フリップに答えをどうぞ!
これは昔テレビ番組で出題された問題で、当時10代だった私の答えはこうだった。

1.タニシ
2.役に立たなそうだから。
3.賢くて知恵がある。

このとき私の頭に浮かんでいたのは、『まんが日本昔ばなし』で見た「狐とタニシ」のタニシだった。脚が速い自慢をする狐にバカにされたタニシが、都までどちらが早く着けるか競走しようと申し出る。そして、気づかれないようしっぽにつかまって狐を出し抜き、競走に勝つのである。タニシは賢くて知恵があるけれども、まあ、桃太郎には分からないだろうなあ、と思ったのだ。

この心理テストで分かるのは「自分」。2は「他人から見られている自分」で、3は「実際の自分」ということだった。

多感な年頃だった私は、ショックを受けた。私はタニシ!? 役に立たなそうって・・・。実のところ、この心理テストの信憑性はまったくわからないが、そのときは3なんてどうでもよく、人から見られている自分、というのを強く意識し、その「役に立たなそう」というフラットながら破壊力のあるフレーズに、そしてよりによってタニシを選んでしまう自分に、ボディーブローをくらって膝をついたボクサーのごとくダメージを受けたのだった。

どうしてそんなことを思い出したかといえば、先日、採用面接の担当をしている同僚と話をしていたとき、面接した相手をああだこうだと判断するけれども、自分は人からどう見られているんだろう、という話題になったからである。

人は思っているほど自分を見ていないが、思っている以上に見ている、というのがまた妙なもので、セルフイメージと違って、よくも悪くも意外な見方をされている、ということも少なくない。 

見る人によっても、見方は変わる。私をおしゃべりと思っている人もいれば、おとなしいと思っている人もいたり、「わかる、A型っぽいよね」と言う人もいれば、「 A型に見えないんですけど!?」という人もいたり。親戚には面白い子と思われているのに、元カレに「おまえを面白いと思ったことは一度もない」と言われたこともある。

実際のところ、当の同僚が私の面接官だったとしたら、そのお眼鏡にかなっていたかどうかは甚だ自信がない。とはいえ、私は面接を無事にパスできたがゆえに彼女たちと一緒に仕事をしている。これまでの人生において幾多の面接を経験して今があることを考えると、桃太郎は買ってくれなかったとしても、タニシの私を買ってくれた人はいるわけで、いろんな人にチャンスをいただいたんだなあと思えて感慨深い。友だちについても同じことが言える。それが縁というものなのかもしれない。

048567少し緊張した面持ちで面接に訪れた若者を見かけ、20代前半で某企業の面接を受けたときのことを思い出した。最後に面接官からこう質問されたのだ。

「自分をモノに例えると何だと思いますか?」

「ま、万華鏡ですっ」と、私は答えた。多面性みたいなところをアピールしたかったんだと思う。

「・・・そんな感じですね」と面接官は柔和な笑みを浮かべ、面接は終わった。そして見事に落ちたのだった。

あのときのことを思い出すと苦笑してしまう。万華鏡って・・・。実用性はないよなあ。まさに、役に立たなそうだ。 

しかし、まあ、役には立たないかもしれないが、このブログをのぞいて少しでも楽しんでくれる人がいれば、万華鏡としては本望である。

似たテーマのオススメ過去記事⇒「レイブンクロー?  それともハッフルパフ?」

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ゾウのはなし

たまに思い出して、あれってなんだったんだろう、と不思議に思うことが誰にでもあると思うけれど、私にもそんな「ゾウのはなし」がある。

「センパイ、あの子のうちで、昔ゾウを飼っていたんです」と、声をひそめた高校の後輩が、彼女の幼なじみでもある同級生を指して言った。少し離れたところにいたその男の子はとても内気で、言葉を交わしたことはほとんどなかった。 

085014緑いっぱいの田舎とはいえ、まさか牛や馬じゃあるまいし、ゾウを一般家庭で飼えるはずもないと思い、そんなのウソでしょ、と最初は相手にしなかったのだが、後輩は本当なんだと言って引かない。ある日、その男の子のお父さんがトラックにのせてゾウを運んで来たというのだ。近所に住んでいた後輩はエサをやったこともあると言い張る。

子どもの記憶違いで、何か他の動物と勘違いしているんじゃないだろうかと思ったが、聞けば、水たまり色をしていて、鼻が長くてパオ〜ンと鳴くという。

・・・ゾウじゃん!と当時の私は思ってしまったのだった。 

残念なことに、飼われはじめて間もなく、ゾウは死んでしまったそうだ。どうして死んでしまったのかしら、と訊ねると、「気候があわなかったんじゃないですかねえ」と、もっともらしく後輩はうなずいた。そして彼女は、この話は絶対にあの男の子にはしないでくれと釘を刺した。あの子はゾウが死んでしまったことでひどく傷つき、以来、あんな風に殻に閉じこもってしまったのだというのだ。

それにしても、本当にゾウだとして、インドゾウなのか、それともアフリカゾウなのかと疑問がわいて、後輩に聞いてみた。 

「で、そのゾウって、何ゾウだったの?」

後輩は、なんて当たり前のことを聞くんだといった顔をして即答した。

「コゾウです」

あの謎をどうしてもっと追求しなかったんだろうか、とあとになって思うのに、なぜか、そのままにしてしまうということが、ひとにはあるらしい。今でも、本当にあの男の子はゾウを飼っていたのか、見破れなかっただけで後輩には虚言癖でもあって担がれたのか、謎は残ったままである。

 

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