9月2014

さよなら、リトル・アインシュタイン

 buddy-graduate-clip-art-10960インターナショナルスクールに通う子どもたちに国語を教えるという機会があって、いそいそと出かけていった。普段、英語で会話している子たちだけれども、その時間は日本語で会話をする。3〜4年生のクラスで自己紹介をしたあと、私は子どもたちに「みんなの名前を教えて」と名前を訊ねた。アレックス、タカシ、マーク、リサと、それぞれが返答する。最後に、めがねの奥から一重のつぶらな瞳をのぞかせた小さな男の子が、「ぼくのなまえは、あんどう りゅうです」と教えてくれた。丁寧でよい、と思った。

 国語の授業ということもあって、私は生徒たちの名前を「君」や「ちゃん」づけで呼ぶことにした。「タカシくん」、「りゅうくん」、「リサちゃん」という感じに。そうしたら、りゅうくんが、少したどたどしく「ぼくは、りゅうくんじゃないです」と言う。なるほど、普段は英語で話しているから、君づけで呼ばれることに慣れていないんだなあ。そういえば、ネイティブジャパニーズの私は子ども時代、アグネス・チャンは、「ちゃん」づけしてもアグネスちゃん!?とか、「ちゃん」づけしたら、セバスチャンは、セバスチャンちゃん!?とかくだらないことを考えていたものだ。

 大丈夫、慣れるからと思いつつ、私はおとなの笑顔をりゅうくんに向けただけだった。そして、「みんな、プリントに名前を書いてね」と指示をした。それぞれがえんぴつで名前を書き込む。ふと、りゅうくんの手元に目をやると、そこにはカタカナで「アンドリュー」と書かれていた。

 そう、彼は、あんどう りゅうではなく、アンドリューだったのである。

「アンドリューかよっ」と、心のなかでツッコみながら、とんだ勘違いに笑いがこみ上げそうになったが、ここで笑うわけにはいかない。法事のときにツボに入ってしまって笑いをこらえるのに必死だったときと同じくらい大変だったが、なんとか1時間を乗り切った。

 その笑撃の出会いから、私は彼に注目せずにはいられなかった。そういう魅力を彼は持っていた。アンドリューは先生たちも舌を巻くほど物知りで、エジプト考古学や歴史に詳しかったし、コンピューターのプログラミングの知識もあった。彼が端々に感じさせる聡明さから、小さなアインシュタインのようだと言われていた。小学3年生ぐらいになると「ハロー」と声をかけても素っ気ない反応の子も少なくないが、彼は人懐こく、関心を持っていることについて話してくれるのだった。途中でこちらが質問をしても、彼のなかで一区切りつくまではおかまいなしで話し続ける。あらゆることに熱中しているように見えた。まるで、彼の頭の中に小宇宙が広がっているみたいだった。将来性を確実に感じさせる子ども、というのが時々いるものだが、アンドリューはまさにそういう子どもだった。かといって、少しも生意気なところがなく、いつもニコニコしているところも彼の魅力だった。即興でマジックを見せてくれたことがあるが、それがあまりにも子どもらしい発想で、笑ってしまった。そうやって大人をも楽しませてくれる子どもらしさ、というのも彼は持ち合わせていた。 

アンドリュー画伯「Perfection」

アンドリュー画伯「Perfection」

 アンドリューはアメリカへ引っ越すことが決まっていて、別れの日は早くも2週間ほどでやってきた。彼に会える最後の日、「ハロー」といつものように声をかけると、アンドリューは「完全性」とやらに夢中なようで、「完全な立方体を描いてみせてあげる」と得意げに言って、紙に描いてみせてくれた。そして、それをみんなに「これ、完ぺきでしょ!?」と言って見せて回っていた。「線がビミョーに曲がってるけどね」なんてからかわれても、おかまいなしだった。私のところへ戻ってくると、「これも描けるんだ」と言って、円柱と三角錐の図を加えて描き、何を思ったか仕上げに円柱に“Coke”と書き込んだ。それは、ちょっとしたアートだった。

 別れのとき、「さみしくなるわ」と言ってハグすると、「ぼくのブログにアクセスしたら、チャットできるから連絡とれるよ」とアンドリューは私を見上げて言い、普段と変わらない様子で帰っていった。彼のお母さんによれば、アンドリューは友だちと別れることをとてもさびしがっていたらしいが、そんな様子は少しも見せなかった。

 彼の姿が見えなくなって、もらったブログのアドレスが書かれたメモに目をやると、そこにも完全立方体が描かれていた。まったくもってアンドリューらしいと思った。

 アメリカでも元気で頑張れ、アンドリュー!

 

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熱海旅行記〜3日目〜

ハンモックでビール

島カフェ初島で迎えた朝、起きたら40歳になっていた。なんだか視界が昨日までとは違っている・・・と思ったらコンタクトレンズを2枚重ねて入れてしまっていただけだった。

「島の湯」で朝風呂に入り、ホットサンドを作って朝食をとり、チェックアウトを済ませた私たちは、アジアンガーデンでお昼までゆっくり過ごすことにした。日差しよけに貼られたテントのなかでハンモックに揺られながら、ただのんべんだらりと過ごす。ビールを飲みながら。朝っぱらから飲むビールはどうしてこんなにうまいのだろう。しばし贅沢な時間を過ごし、昼ご飯をとるべく食堂街へと向かう。 

お初の松

お初の松食堂街近くに「お初の松」という松の木がある。この松には、お初という少女の物語が遺されている。17才のお初が伊豆山の祭りで右近という若者を好きになった。
「百夜通えば結婚する」という約束で、お初はたらいにのって(!)毎日通ったが、九十九日目の夜、お初に思いを寄せる男が目印の火を消してしまった。そのせいで、お初は夜の海をさまよい、波にのまれて死んでしまった。右近はお初の弔いに諸国巡礼の旅へ、火を消した男は七日七夜苦しんだあげく死んだという。

なんだか悲しい話だ。地味に短く説明されているだけだが、祭り、一目惚れ、約束、たらい、嫉妬、巡礼旅、悶死などのドラマチック要素が満載である。いつの時代も恋は盲目なんだなあ。それにしても、火を消した男は人としてダメだが、かよわき乙女をたらいにのって通わせる男もどうよ!? お前が来いよ、とか思ってしまうのは、ちょっぴり酔っているからかしら?

めがね丸

写真-3さて昼食の時間だ。お目当ての店「めがね丸」を訪れる。と言っても、リサーチしてくれたのは友人だけど。日帰りでランチを食べに初島へやってくる人もたくさんいるようだ。なかでもこの店は人気店らしく賑わっていた。イカ丼にもひかれたが、結局イカだけじゃなく、あじ、えび、さざえなど、いろいろ食べられるおまかせ丼に決めた。そして、ここでもビール。調子に乗ってお代わりまでしたりして。

途中で2人組のおばさまたちと相席になった。青春切符で群馬から来たそうだ。私は長いこと乗り物に乗るのがあまり得意ではないのだが、そういう楽しみ方もあるんだなあ。

フェリーの時間が近づいてきたので、お腹を満たした私たちは「めがね丸」をあとにした。

来宮神社

 大楠2時前くらいに熱海に到着。まだ時間があったので、だいぶ距離はあったが歩いて汗だくになりながら来宮神社へ向かう。樹齢二千年を超える大楠があるこの神社は、熱海のパワースポットとして人気の場所だ。噂の大楠は想像以上に幅があった。その重厚な存在感にひかれて、たくさんの人が訪れるのも納得だ。ひとくちに二千年と言うけれど、人間の私にしてみたら気が遠くなるような時間だ。そんな長きに渡ってどんなものを眺めてきたんだろう、この大楠は。 

参拝をして、おみくじをひく。なんと大吉。「思いがけない喜びと恵みがもたされる運気。直感どおりに物事に処せ。交際の輪が自然と広がっていく。」と書いてある。ただし、「調子に乗るな」と釘をさされてもいるけど。40代最初にひいたおみくじが大吉なんて幸先がいいではないか、と思ったところで、はたと、30代最後のおみくじを秘宝館のエロみくじで締めくくってしまったことに気づく。しかし、エロみくじを見直してみると「心と体の回復に良い兆し有」と書いてあるではないか。少し前に10年ぶりに発熱をして体調を崩していたし、この二泊三日の熱海旅行でリラックスした時間を過ごせた。そう考えれば、当たっているじゃないか、秘宝館エロみくじ。なかなかあなどれない。

懐かしのリック・アストリー(おまけ)

旅を終えて東京へ戻った私たちは、近所に最近オープンした80年代をテーマにしたバーで、もうひとりの友人と待ち合わせをした。彼女たちが改めて私の誕生日を祝って乾杯をしてくれた。プレゼントまでいただいちゃって、ありがたいことである。旅のできごとを話しながらまったり飲んでいると、リック・アストリーのPVが流れてきた。リック・アストリー!

「ギブ・ユー・アップ」と「トゥゲザー・フォーエヴァー」のCD買ったなあ。PVのリックように、曲に合わせて両腕をすぼめてリズムを刻んでしまう自分がいる。中学生の頃、「夜のヒットスタジオ」に中継で出演したリック・アストリーが、司会の芳村真理の質問に対して、“I’m shy.”と言ったのが印象に残っている。中学英語しか知らない私でも聞き取れる短いフレーズだったのと、シャイな人が「僕はシャイです。」って言うかぁ?と疑問に思ったからだ。だからなんだということはないのだけれど。ただ単なる10代の頃の記憶の断片である。あの頃の夢は、なんだったっけ?6つ子を産んで専業主婦になることだったような気がする。え、今の私の夢? それは、ヒ・ミ・ツ、って80年代アイドル風にやってみたら、えずいてしまった。オエッ。

リック・アストリーとその他80年代の洋楽を聴きながら、私は気分上々で誕生日をしめくくった。これもひとえに、秘宝館に行きたい!くらいしか主張がなくボケボケしている私に付き合ってくれ、テキパキと計画を立て手配をし、リードしてくれた友人のおかげである。

40代が楽しみになってきた。

終わり。

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熱海旅行記〜2日目〜

朝食熱海2日目の朝。

宿泊した大月ホテル和風館の朝風呂を楽しんだあと、朝食の場所へ。

予想以上に豪華でテンションがあがる。こだわりの生卵で食べるたまごかけご飯、いわゆるTKGが私のなかでヒットだった。 

少し離れたテーブルで大学生の男の子たちが自分の経験をもとに人生論を語りあっていた。大学受験だとか、面接が彼らにとっては人生のビッグイベントのようだ。そうだよなあ、私たちの半分くらいしか生きていないんだもの。この先、もっといろんなことがあるさ、若者よ、と思いつつ、30代最後の日を迎えてこっちは複雑な気分である。重い・・・。思えば遠くへ来たもんだ。 

初島上陸!

初島さて、この日は熱海からフェリーで20分ほどの初島へ向かう。びゅうびゅうと風が吹きつけて気持ちいい。頭の中では、杏里の「オリビアを聴きながら」の一節がリピートし続けている。

♪こんな日が来るとは思わずにいた〜 

いや、マジで。ああ、明日になれば40になっちゃうよ。小学3年生の時、あまりに一日が長いので「あたし、一生小学生かよ」と空を見上げてひとりツッコミした時のことを今でも覚えている。それがどうよ。あっという間に40。あっという間に朝洗ったばかりの髪が潮風でべとつきだす。そして、あっという間に初島に到着したのだった。

初島は、周囲が約4キロ、人口が250人ほどの首都圏から一番近い島だ。
上陸するとすぐに食堂街が見える。

この日は初島アイランドリゾートのキャンピングヴィラのトレーラーに宿泊することにしていた。チェックインには早かったので、一面の芝生にハンモックが置かれたアジアンガーデンで一休みして、伊豆山神社でいただいただんごをたいらげてから、SARUTOBIへ向かった。

SARUTOBI 

サルトビSARUTOBIは(なぜか私は「サスケ」と言ってしまうのだが。)樹の上を渡っていく本格的なアスレチックで、コースには様々な趣向が凝らされている。行き当たりばったりの私に対して、リサーチ力抜群の友人はこの SARUTOBIを推していて、楽しみにしていた。夏休み期間だと3時間待ちなんてこともあるらしいが、この日は待ち時間がほぼなかったので、早速トライすることに。

ハーネスをワイヤーに通して進むので、後戻りすることができない。そのため、一度コースを下見したあとで、ケガをした場合の署名をさせられる。少しばかり不安を抱えつつスタートしたものの、始まってみれば、私は余裕のよしこちゃんなのだった。しばらくして前を行く友人が言葉少なになったなと思っていると、「無理かも、怖いかも」と言い出した。彼女はフルマラソンもウルトラマラソンもこなし、キリマンジャロまで登った強者なので驚いたが、あちこちで学生たちが男子も女子も怖い怖いと大騒ぎしている。確かに、思った以上に本格的だし、足を踏み外したら大変なことになりそうだ。しかし、一度ハーネスを通してしまったら進むしかない。

さくっと第二ステージを終えて、あとから「やっぱり自分もやる」と果敢に挑戦した友人を地上から応援していると、上空から「あのお姉さんもう終わってる。マジ早いんだけど!」と、私のすぐあとにスタートした女子大生グループの声が聞こえた。腰がひけて生まれたての子鹿のようにプルプルと震えている。「がんばって〜」と手を振りつつ、ふっ、君たちとは経験が違うのだよ、経験が、とほくそ笑む。 

子どもの頃、山をかけずり、ターザンごっこをして遊んだものだ。山に生い茂る木の蔓の丈夫そうなやつを兄にナイフで切ってもらい、それにぶら下がって「ア〜アア〜」と叫びながらスウィングするのだ。この遊びは、子ども時代の遊びの中でもダントツで楽しかった。子どもの頃の経験が、こんなところで生かされるとは。 

福島の方言に、大したことないぜ、大丈夫、ノープロブレム的な意味合いを持つ「さすけねぇ」という表現があるのだが、そんなわけで、私にとっては、「こんなの、さすけねぇ」のだった。サスケなだけに。あ、ちがった。 SARUTOBIだった。 

島をぶらぶら

リゾート海が見える温泉「島の湯」で汗を流して、遅めのランチをとるべく、周辺をぶらぶらしながら食堂街へ向かう。初島には砂浜がないらしく、東宝の映画のオープニングを彷彿させる感じで海がどど〜んと波の音をたてている。ザッパ〜ンと波が岩に打ちつける音を聞きながら温泉につかるのも、ぶらぶら歩くのも、気分がデトックスされるようで気持ちよかった。

海苔ラーメン「さかや」で、海苔ラーメンとビールをいただく。天気もよかったし、動いたあとのビールはうまいし、島の名産の海苔がたっぷりのラーメンもシンプルな味でおいしかった。いかげその唐揚げをサービスで出していただいたのだが、味がしっかりついていて、ビールによくあった。ちょうどお客がはける遅い時間だったので、手のあいたらしいお店のおじさんとしばし世間話を楽しむ。お酒を目当てに旅をするのが楽しみなのだそうだ。ときどき害のないマイルドなおやじギャグをはさんでくる、日に焼けたにこやかな顔が印象的なおじさんだった。トイレを借りたら「社長室」と札が貼ってあってウケた。

スーパームーン

スーパームーン蚊と戦いながらも、宿泊するトレーラーの前に吊ってあるハンモックでうたた寝を楽しんだ。ここでの食事は用意された食材でバーベキューをするというもの。煮込んで洋風鍋風に調理もできるので(よく考えると、実際には洋でもなく鍋でもないという、とてもおおざっぱな料理である。)私たちはそちらを選択。味はまあ普通。特に感動もなく食べすすめていると、スタッフの人がケーキとシャンパンを持ってやってきた。うれしいことに友人がサプライズで手配していてくれたのだった。(ありがとう!)

ケーキ30代最後のこの日はスーパームーンだった。デトックス効果もあるという満月。

私は自分の嫌なくせを手放したかった。「起こってもいないことを想像して不安におちいる」という悪いくせ。それが出てしまうと、たちのワルい妄想族と化す。更生したいのである。手放すぞ!と満月に誓う。 

島で唯一のスーパーの閉店時間は5時。ここの消灯時間は 10時半。調達したお酒を全部飲み干してしまった私たちは、日付も変わらぬうちに眠りについたのだった。

3日目へ続く。

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