生まれてくる不思議

illust991昨日、知り合いの素敵なご婦人たちと飲んでいたときのこと。ひとりの方が不思議な話をしてくれた。

2人目のお子さんの妊娠が判明するまえに、上のお嬢さんが、てけてけてけと走りよってきて、「うちにね、赤ちゃんが来るんだよ。春になったら来るんだよ」と突然言ったのだそうだ。性別を聞くと「男の子!」と言い、実際、そのとおりに春には男の子が生まれたという話だった。

時々、子どもは無垢ゆえのすごさを発揮しておとなをびっくりさせる。先のお嬢さんに、弟の名前は決まっているのか聞いてみると、「ドラえもん!」と答えたという。そういうおとなをけむにまくシュールさもよい。その姉弟は今では立派なおとなだが、とても絆が強いそうだ。お姉ちゃんに呼ばれて弟は生まれてきたのかもしれないねなんて話をしながら、私たちは楽しい時間を過ごした。

人は約束のもとに生まれてくるという話を聞いたことがある。よく、母親を選んで生まれてくる、と言うけれど、私も自分でそんな感覚を味わったことがある。それは、過去の記憶、ひいては前世の記憶にまでさかのぼるという退行催眠なるものを体験したときのことだ。

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私は「生まれる前の私」で、高いところから下をのぞいていた。はるか下方には砂粒のような、星のようなものが幾多も散らばっていた。ヴィジョンは見えず、すべて感覚的なものなのだけれど、突然、私はその砂の中から「この人、絶対この人!」と母を選び、光となってシューッとその選んだ砂粒めがけて飛んで行くのだ。ほんの一瞬だったけれど、私は希望とやる気に満ち満ちていた。

次の瞬間、私は胎児の姿勢で丸まっていた。まるでこれから出発する宇宙船に閉じ込められているかのようだった。突然、怒濤のごとく後悔が襲ってきた。しまった、と思った。すっかり忘れていて、やる気を出してしまったけれど、「地球で生きるのって、大変だった」と私は思い出したのだ。しかし、あとの祭り。ロックオンされていてもう後戻りはできない・・・、というところで感覚は途切れた。

好奇心に駆られていろいろなものを試す割には、ヴィジョンが見えたり、感じたりというのをしにくかった私にとって、鮮明な体験だったということと、母を見つけたときの高揚感や、しまった!と我に返ったときの感覚がとてもリアルだったので、よく覚えている。

なんでやる気を出しちゃったのかな〜、後悔先に立たずとはこのことだよと思いながら40まできちゃった、ハハハ、と笑っちゃう一方で、私に中学時代のある記憶がよみがえる。

私の記憶が正しければ、それは庄司陽子の漫画『生徒諸君!』の中のワンシーンだったと思う。主人公のナッキーが言った。赤ちゃんは手を握りしめて生まれてくる。その中には幸せが入っているが、手を開いた瞬間に逃げてしまう。人は、その幸せをもう一度つかむために生きるのだ。

中坊だった私は「そうなんだ!」と膝を打っちゃうくらいに感動して、そのことを母に、私が絶対この人だと選んだ母に話して聞かせた。すると母は言った。「でもアンタ、生まれてきた時、手を開いてたよ」。

そう、私はグーではなく、思いっきり手をパーにして生まれてきたらしい。

私の幸せはいずこに?

 

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